第三話


 「そこのお嬢さん、ちょっといいかな?」


 ドスの聞いた野太い声で話しかけられたのは、私がギルドを出てすぐのことだった。

 私は声の正体へ踵を返す。

 そこにはやけに嫌な笑顔を張り付けた男が三人で取り囲もうとしていた。

 声色と行動から察するに私の体が目的だろう。

 こいつらの顔、どっかで見覚えがあるのだが思い出せない。まあいい、思い出せないということは即ち思い出さなくていいということだ。こんな疑念すぐに忘れてしまおう。

 

 「なんだ先を急いでいるんだ。用が無いなら行くぞ」


 こういう男は手身近にかつ安易に話に乗っからないのがセオリーだ。


 「そう急かすなって。おじさんたちね、お嬢さんがギルドに入ってきた時から頼もうって決めてたんだ。ひとまず路地裏に来てくれかな?悪くはしないよ」

 

 周りの取り巻きも「そうそう」とリーダー格の男に同調する。

 『ギルド』の言葉にこいつらを何処で見たかを思い出す。ギルドに入ってすぐ待合室の椅子に座って私をじろじろ見ていた男がいたのだ。よくよく見てみればガタイや容姿がどことなく似ている気がする。

 だからと言って、こんな見え見えの罠に引っかかる馬鹿はいない。ここは適当にあしらって宿泊施設に走って帰ろう。


 「さっきも言ったが先を急いでいるんだ。じゃあな」

 

 「ちょっとって言ってんだろ」


 リーダー格の男は私の右腕を掴んで引き留めてくる。大の大人、それも見事に鍛えられた男に掴まれてしまったら私くらいの身長の子どもだったら成す術ないだろう。   

 しかし、運の悪いことに掴んでいる相手は竜人だ。見た目は年端もいかない少女でも力は王国の軍隊に匹敵する。

 このまま男を引っ張ってしまえば男は転がって全身打撲になるが、今事件を起こすわけにはいかない。

 

 仕方ない。人気のない所で殺すか………


 「分かった。どこまで行けばいいの?」


 ここはひとつ芝居をするとしよう。

 少しでも隙を見せとけば相手もその気になって乗ってくるのは間違いない。


 「物聞きの良い子どもは好きだぜ。それじゃいこっか」

 

 リーダー格の男は路地裏へと手招きする。

 路地裏はカビ臭さと埃がひどく、掃除が行き届いていないのが肌に染みて感じた。

 男は鼻歌を歌いながらどんどんと進む。

 3分くらい経った頃、路地裏はとうに通り過ぎ、森の奥にいた。

 そして頃合いを見てか、リーダー格の男は私の方へ振り向く。

 

 「そろそろいいか。やろうども、服を脱がせろ。俺が味見する。そのあと、お前らも存分に楽しむがいい」


 取り巻きは何も答えない。だが、それは反対の意志ではなく、己の欲に忠実に行動した結果の現れだった。

 私の服に取り巻きが触れた瞬間、


 「そろそろ私も頃合いか。楽しませる時間なんか無いまま息の根止めてやるよ」


 私は右手を軽く振って、右にいた男に裏拳を喰らわす。竜人の力ならば、軽く小突いただけでも骨折してしまう。何も身構えてなければ、なおさらだ。

 裏拳の当たった男は見事なまでに吹っ飛び、大木へとぶつかる。

 背中からは血が流れ始めて、口から白い泡が噴き出ている。

 私は痙攣しているその男の肥えた腹に向けて正拳突きを放つ。男の腹には風穴が空き、もう二度と動くことは無かった。


 「おい、ボス。この女知らねえがなんかやべえ。早くにげるz………


 もう一人の取り巻きはさっきの男よりも早く片が付いた。右足を軸に遠心力に任せて左足で回し蹴りをする。逃げようとしてリーダー格の男に話しかけていた男は私のことすら見ておらず死角からの攻撃に顔面に命中する。

 男の頭は野球の球のように放射線を描き地面に転がる。呼応するように描いた血は一種の芸術と呼べるだろう。

 

 「ああああルーク、マイク!!!お前何者だ!」

 

 「貴様に名乗る必要なんか無いだろ。さっさと死ね」


 一歩、また一歩と最後の男と近づいていく。

 

 「やめろ、殺さないでくれ。そうだ取引だ。これを定期的にお前に流通するから俺だけでも見逃してくれよ。これこそ悪い話じゃないと思うぜ、いや絶対いい話だ」


 手には黒ずんで汚れた巾着袋を持っている。中には…


 「まさか、これは!」


 「おおよくしってんじゃねえか」


 鼻に入りこむ黒褐色で腐乱臭にも近いアンモニア臭、巾着袋からチラリと見えた濁った土にも似た粉。男の反応から察するに

 村中の花から嫌な臭いのする原因はこれだったのか。吐き気のする匂いの中にあった甘い香りはアヘンの原材料であるケシの花を隠すためのカムフラージュ。

 国王や貴族がこの村に一目置く理由も頷ける。最悪の場合、国王自ら花を植えて製造することを命じているかもしれない。村人にもアヘンを吸わせれば従順に働いて、アヘン製造の機関が完成する。


 「どこまで腐ってんだ。クソが!?」


 「お、おおい。その額についている角に背中から生えている翼。まさかりゅ、竜人………」


 「ほお、アヘンなんか吸っている貴様でも竜人の種族を知っているのか。だが、貴様が私の正体を知ったところで何も変わらない。死ね」


 「や、やめてく……………


 私は脳天目掛けて手刀を目掛けて落とす。ボキッと鈍い音が森中に響くと、男は右手に持っていた巾着袋を落とし、白目をむく。目にはうっすらと涙が浮かんでいたが、なんの感情も浮かばなかった。


 「お探しのものは見つかりました?」


 突然後ろから声を掛けられる。

 何かデジャブを感じる。後ろを振り返ると、その予想は案の定当たっていた。

 受付嬢のクレアが平然と話しかけていたのだ。


 「クレアか。お前はこの村のどこまで知っている?」


 「全て知っているよ。だからに忠告する。早くこの村から出て行った方がいい。あなたのような優しい人がアヘンに飲まれるのは見たくないのよ」

 

 「それはとても傲慢だな。いきなり現れて立ち去れなんて忠告するのはいくら友人でも優しすぎる。じゃあ、すべてを知っていて逃げたり、どうにか対策しないのはどうしてなんだ?」


 クレアはきょとんとした顔をしたが、すぐに笑いだす。そして、あっけらかんに答えた。


 「そんなの簡単だよ。この村が好きなの。それに何か対策したり模索したりすることは、それこそ傲慢なんだ」


 「それもそうだな。では、お言葉に甘えて即刻立ち去るとしよう。それと、この姿に関しては……


 「なんのことですか?」


 クレアはとぼけた顔をして私の頼みを止める。

 

 「私はたまたま森で竜のコスプレをした友人に出会って、たまたま旅立つ友人を見送りするだけです」


 「そうか、ありがとう」


 私は駆け足で森を抜け、カリファのもとへと向かった。



 

 カリファは探す手間があると思っていたが、それは杞憂に終わった。

 村の手伝いをしに行って以来、同じ場所で作業し続けていたのだ。

 カリファは仲良さそうに村民と話している。


  「まさか……」


 私はカリファにさらにスピードを上げて向かう。

 カリファの手元を見ると、すりこぎ棒をもってケシの実を傷つけている。


 「おい、カリファ!急用ができた。早く出発するぞ」


 「あ、イシュタル!やっと私の名前呼んでくれた。おばさんさっき言ってた子がこの人。いっつも仏頂面をしているけど根は優しいんだよ」


 「あらそうなの」と村民は優しそうに微笑むが、頬の筋肉がどことなくおぼつかなく、アヘンの中毒症状に酷似していた。


 「ほら、急ぐぞ」


 私はカリファを宿泊施設へと引っ張る。

 ここからの話は早かった。部屋に入ったカリファはさっきまでのおちゃらけた面持ちとは裏腹に、えらく真面目で瞬く間に準備を終わらせた。

 

 「さあ次の場所にいこっか、イシュタル」


 そう言い終わると、カリファは私よりも先に村を出て行った。



 道端に花が見受けれなくなった頃、カリファは何気なく呟いた。


「ねえ、イシュタル。あの村のすごい深刻だったね」


 私はカリファのその言葉に絶句する。


 「貴様、いつから知っていた?」


 「ん?最初から知っていたよ。この村でアヘン製造されていることも、王都、それも上流階級の貴族との個人的な取引が行われていることも、それにお父様がすべて関係していることも」

 

 「ふざけんな!なぜ黙っていたままでいたんだ。貴様の鶴の一声のすべてが変わったかもしれないのに」


 「私は死んだことになってるはずの身だよ。それに私は王女であってその概要を知っていてもどうこう口出す権利など微塵もない。だからと言って見て見ぬふりするほど落ちぶれてもいない。私は国の王女としてその内情を肌身で知る義務があるのだ。次の世代の政で変えるためにも」


 カリファが自慢げに言い終わってから、「すまない」と呟いているのを私は聞き逃さなかった。


 「クソが」


 私の鼻孔にこびりつくアヘンの匂いはどこか物悲しかった。

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