第二話

 村に行く途中、カリファがこの村について喋っていたことがある。この村の特産品である花を村ぐるみで加工して王都へ献上しているそうだ。

 それだけではここまで繁盛しなさそうだが、なんでも貴族の間ではブームになっているらしく、物見遊山で観光に来る人もいるらしく、最近では第三次産業にも力を入れているらしい。

 そのためか宿泊施設ももすぐに見つかり、その設備も充実していた。


 「あーーーー疲れたーーーー」


 カリファは部屋に入るとすぐにベットへと飛び込む。

 王都で初めて会った時は幼さの中にも王女としての威厳があり国を導く存在だと感心していたところもあったが、今の彼女の姿は年相応の子どもだ。いや、これこそが彼女の本当の姿なのだろう。

 

 「まだ昼真っただ中だ。今寝てしまうと夜眠れなくなってしまうぞ」


 「いいよ。夜は寝ないでイシュタルが寝ているところを夜這いするから。楽しみに待ってね」

 

 「殺すぞ」

   

 私は腰に携えた獲物を抜きだす。

 父の形見で敵を討てるのだ。なんと素晴らしいことだろうか。

 

 「殺そうとしているのはいつも通りでしょ。ほらほら殺してみなよー」


 「恩があるということいいことに……」


 私は剣をしまいカリファが寝ていないもう一つのベットへ投げ捨てる。


 「そういう義理堅いのがすきなんだけどなあ」

 

 カリファはなにかぼやいていたが、どうせ嫌味ったらしい煽りだから無視するとしよう。

 私は部屋の窓から付近の湖畔を覗く。

 村民が一斉に和気あいあいとなって花を摘んで働いている。子どもから大人まで仲睦まじく働いていてこの仕事こそ天職と言われても気にならない。


 「私たちも行ってみる?」

 

 カリファは私が羨ましそうに見てるのかと思ってか聞いてくる。

 私は首を横に振る。わざわざあの花畑に近づくなんてことはしたくない。それに私は指名手配だできる限り顔を見られたくない。

 

 「私は行ってみようかな」

 

 「なぜ王女である貴様が行く必要がある?いくら観光業が盛んでも王女ひとりでいるのは不自然極まりないだろう」


 「うーんお父様の教育方針なのかは知らないんだけどね。私って家にいる従者以外の人はほとんど面識がないの。だから私の顔を知っているのは、貴族の中でもごく一部、それも上流階級と呼ばれるような人だけなの」


 「そんなんでお前の父親の政が順調に進むのか?私だったら愛娘の顔すら見せない奴など信用できないのだが」


 私は前かがみになって反論する。

 カリファは私の言おうとしたことを読んでいたかのようにふふんと鼻を鳴らす。


 「でも国は繁栄している。それは紛れもない事実なんだよ。どんな手段を用いても国が栄えれば信頼は得られる。まあそれがこの国がいつまでも排他的になっている原因でもあると私は踏んでいるんだけどね」

 

 カリファは自慢げに語るがその表情はどこか物悲し気であった。

 

 「そんなことは置いといて、じゃあ私は村の手伝いをしに行ってくるから。イシュタルも外に出てみなね?こんなところにずっといたら辛気臭くなっちゃうよ」


 「おいちょっと待て」と私は止めようとするが、気づいた時にはカリファの姿はもうとっくにおらず、外から元気な声が聞こえてきた。

 カリファは外に出ろと言ってたが、正直な話をするならでたくなどない。しかし、せっかく村に来たのだから偵察するのも悪くないだろう。

 「出るか」と呟いながら、私は自分に静かに首肯して扉を開けた。



 湖を中心に建築されている村だが、とある一部分だけ他よりも大きく建てられている場所がある。そこには私たちも泊っている宿泊施設や村役場、そして村には珍しいギルドがあった。

 私は宿泊施設の隣にあるギルドへと向かった。

 ギルドには居住地付近に現れたモンスターの討伐や、反乱軍の一掃、そして指名手配犯の捕獲が挙げられる。

 目的は明白、私が指名手配としてここに連絡が来ているかどうかだ。私たちが逃亡する時は幸いにも王都にはばら撒かれてなかった。

 王都から少し離れているここならまだ行き届いていないと踏んでいるが、調べないことにはしょうがない。

 ギルドの中に入ると、汗臭い匂いが私の鼻孔をつく。受付の人が引きつっているほどだ。今日は特段とひどいのだろう。その証拠に掲示板から待合室の椅子までいたるところに屈強な男がゴロゴロにいる。何人かは女性の客が珍しいのか、私をまじまじと覗いていた。

 

 「こんにちは。本日はどんな要件でしょうか?」


 受付嬢が席を離れて私の場所までやってくる。ギルドに私のような屈強とは真逆な人がいれば息抜きに来たくもなるはずだ。


 「あー指名手配の情報を見せてもらいたいんだが」


 「承知いたしました。少々お待ちください」

 

 受付嬢はそそくさとスタッフルームへと戻っていき、息する暇ない間に手にたくさんの資料を携えて私のもとへと帰ってくる。

 

 「お待ちして申し訳ありません。こちら弊社のギルドに送られてきた指名手配犯の資料になります」


 「丁寧にありがとう。少し借りるわね」


 私は受付嬢の手元から資料を借りる。受付嬢は「それでは」と一言加えるとカウンターの方へと戻っていった。ギルドには場違いな私にここまで丁寧に対応してくれる受付嬢には感謝しかない。

 資料には如何にも悪そうな指名手配犯の似顔絵が載っていた。

 意外にもガチムチな男だけでなく、華奢な女性やヒョロガリな男性もちらほら写っている。詳細を読むと、ギルドでの強盗や男を誘惑して殺害するなど知能犯が多い。

 結論から申すと、幸いにもこの資料の中には私とカリファの名前と似顔絵は書かれていなかった。

 どうやら王都側も緊急事態に相当焦っているらしい。この混乱に乗じて脱国するのが理想なのだが……そうは問屋が卸さない。


 「ひとまず、載っていなくてよかった」


 「お探しのものは見つかりました?」


 突然後ろから声を掛けられる。

 私は動揺しながら後ろを振り返ったが、すぐに緊張は途切れた。

 先程、カウンターに戻ったはずの受付嬢が再び話しかけてきたのだ。


 「ああ、良く見させてもらったよ」


 「それなら何よりです。ちなみに何を血眼になって探していたんですか?」 


 『血眼』というワードに少々恥ずかしさを覚えるが、踏ん張って顔には出さずに平常心で答える。


 「大切な人がいて濡れ衣を着せられたかもしれない話を聞きいてもたってもいられなくなってな。」


 話には嘘が混じってはいるが、本質は間違っていない。受付嬢の顔を見るに、納得してもらえたようだ。


 「それよりも受付嬢の仕事は大丈夫なのか?ギルドにたくさんの人がいるし相当繁盛しているんだろ?」


 「そう見えるのはありがたいですが、その半分以上が物見遊山で来てるだけですよ。ほら本業の人たちって依頼をこなしている時間のほうが長いんで。こうやって普通に話せる時間がとても楽しいんですよ」


 「そうか。それならこうやって話せるの何よりだ。ならばもうちょっと話そうか」


 「はい!ギルドでの鬱憤晴らさせてください!!」


 受付嬢は私のその言葉を望んでいたように激しく首肯する。

 


 何時間経っただろうか。

 性格が似ていたこともあり、仕事の愚痴から続々始まり話のタネが尽きることは無かった。堅苦しかった敬語を使っていた受付嬢――クレアもなんも躊躇いもなくため口で話すようになってくれた。


 「あーこんなに楽しく話せたのは久しぶりだわ。本当にありがとね」


 「礼には及ばない。私だってとても楽しかった 。すまないがそろそろ行かないと不味いな」


 ギルドの窓から夕陽が差し込んできている。ギルドに来たばかりの時はまだお昼過ぎた辺りだったのに早いものだ。


 「そうね、私もさすがに戻らないとギルドマスターの鉄拳が飛んできちゃうわ。それじゃあね、


 クレアは手を大振りにカウンターへと帰る。クレアがいた所には別の受付嬢が代わりの接客をしていてその人に謝っていた。

 私も軽く手を振って、ギルドを後にする。


 そんな私に忍び寄る影があることをまだ私は知らない。

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