花が咲いている村

第一話

 花にはアロマセラピーという心身を落ち着かせる作用があると聞いたことがある。だが、私はそんな力があるとは到底思えない。

 昔、家の庭先には丁寧に育てられた花壇があり、その姿は妙な愛らしさがあったが、それ以上に起きる感情もなく、気がつけば花は枯れ、また気がつけば再び咲いている繰り返しだった。

 それっぽっちの存在に落ち着かせるなんて大層な能力があるのは不自然だろう。

 私とカリファが進む歩道は綺麗に整備されていた。正しくは歩道の両脇に咲く花畑が歩道の輪郭を鮮明にしていた。

 色とりどりなんて言葉では片付けられないほどに満開に咲いた花は、旅の億劫な時間を忘れさせてくれるようであった。


 「わあ、すっごい景色だね。流石、花の村と言わしめるだけはある。それにこの甘い香り。心が癒やされるわあ」

 

 私のピリピリとした剣幕を察してか否かは定かではないが、私の淡白な表情を緩ませるかのように、カリファは腕を広げて笑っている。

 そんな姿すらも腹立たしい。一刻も早く、私は一族の敵を討たねばならないのだ。


 「甘い香り?笑わせるな。こんな鼻がひん曲がるようなひどい匂い嘔吐してしまいそうだ」

 

 私は鼻をつまむ仕草をする。花がぽつぽつと咲いていた時は気の所為だと思っていたが、村に近づくに連れ花も増える。そしてそれに比例して匂いも無視できないほどになっていた。

 件の村に到着するとどこまでひどくなるのだろうか。想像しただけで身の毛がよだつ。


  「竜人ともなると、人間よりも嗅覚が敏感になっちゃうんだ。なんか、その、大変だね」


 「馬鹿にするな。私ら竜人族でも花を愛でる文化くらいある。ただ、この花畑は別格だ。こんな匂い嗅いだこと無い、まるで毒だ」


 「毒?大げさだなあ。仮に毒だとしたら国が黙ってないよ」


 「国…ねえ。この国が円滑に機能しているとは思えないけど」


 「あ、そろそろ着きそうだよ」と言って、カリファは登り坂を駆け出す。

 登り坂になっていて気づかなかったが、周囲が山地や丘陵に囲まれておりすぐ下に目的の村があった。



 

 村は一言で表すとするならば、長閑であった。

 村の真ん中にはそこそこ大きな湖が広がっており、その周囲に村が点々と建てられている。その家の素材は木材やレンガ、コンクリートと村というには建築のレベルが高いように見受けられる。

 しかし、自分の住む都内の繁栄だけをひたすら考える国王のことだ。わざわざ辺境の村にここまで援助するとは思えない。

 そして何よりこの村で特筆すべきなのは村中に広がる花畑だ。村に来る途中も色鮮やかな花が咲いていたがそれ以上で、様々な素材で建てられた家が見劣りするほどに満開にに咲いている。

 案の定、匂いは最悪で私は村に入った時から鼻をつまんだままだ。まるで何かを隠すように甘い香りのする花もあるが、それも相まって気持ち悪さが倍増している。


 「村に来るまでも圧巻だったけどここまで来るともはや感動の域だね。それとまだ匂いってしたりする?」


 嗅覚が敏感な私と違って鈍感なカリファは村をこの上なく満喫しているようであった。

 当たり前のことを聞かれると少しうんざりしてしまうな。


 「最悪もいいとこだ。ここは地獄か?こんなところで生活している村民には敬意を表したいくらいだ」


 「お父様もこの村にはえらく関心を持ってらっしゃたのよね。何か癒着でもあるのかしら?」


 「癒着ねえ……」


私たちが村の入り口でたむろっていると、

 「お姉ちゃんーこんにちは」という言葉と共に、勢いよく少女が走ってきた。

 手にはこの村で栽培されたであろう花で作られたブーケを二つ持っており、私たちを歓迎しているようであった。

 私は安堵で胸をなでおろす。どうやらこの村にはまだ私たちの指名手配が行き届いていないらしい。


 「これ、どうぞ」


 少女はブーケを私たちに渡してくる。

 虹をモチーフにしているのであろうか。七色の花を等間隔に並べてあしらわれており、エルフの羽を彷彿とさせるようであった。


 「私にくれるの?ありがとう」


 カリファは少女からブーケを受け取り、頭の上に被せる。優しさに満ちたその姿は女神そのものだ。

 少女の手にはもう一つブーケがあるが、私は一向に取る気になれない。この場にいるだけで気がめいりそうなのに、直接頭にあったらどうなるだろうか。

 しかし、少女の純情な心を無下にするわけにもいかない。


 「あ、ああ私もありがたく…もらおう……」


 私がゆっくりとブーケにむけててを伸ばそうとすると、


 「ごめんね。このお姉ちゃん今体調悪いらしいから後でもらってもいいかな?」

 カリファが軽く私の手を静止して少女に説得する。


 「そうなんだ」と少女は残念な顔をするが、すぐに元気を取り戻して湖畔で遊んでいる友達のもとへ帰っていく。


 「イシュタル、さっきから顔色悪かったでしょ。やっぱり竜にとってこの匂いはきつい?」


 「アホか。貴様に気を使われるほど私は落ちぶれていない。それはそうとなんでこんな村にきた?私は殺人犯で貴様は世間的には死んだ身だ。ここに悠長している場合じゃないだろう」


 カリファはうーんと唸る。

 何か意図はあるようだが渋っているようだ。これ以上カリファは口を割らなそうだ。まあ少し興味があった程度なので詮索する意味はない。


 「私だってずっと王都から外出することが許されなかったんだから少しくらいハメを外したって罰は当たらないでしょ。それに、私のことはカリファでいいんだからそんな当たり強くしないでよ」


 「……貴様が私を助けたことに関しては一飯の恩があるが、貴様の父親が私の家族を殺した恨みが消えることはない。私はお前ら全員を許さない」


 「わかった。今はまだ許さなくていいからこれからよろしくね」


 カリファは私の顔をまじまじと見てくる。

 こいつのいう通りにするのは尺だが、土地勘のない私がこの国から一人で逃げ切れるほど甘くはないため、それ以外に選択できる手段もない。


 「ふん、勝手にしろ。だが、いつかお前もろとも殺して復讐を遂げてやる」


 「そうだね…じゃあまずは泊るところを探そっか!」

 

 手をつなぎたかったのかカリファは手を差し向けてくる。それを私は振り払って村の奥へと進んでいった。

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