プロローグ
夢を見た。それはもう二度見たくない夢。
夢で私は竜人である父と鬼ごっこをして遊んでいた。母さんは物心着く頃からいない。父さんが語るには、私を産んですぐ急逝したそうだ。
私よりも数百歳も生きている父さんと鬼ごっこをしてしまったら父さんが勝ってしまうのは幼な心を持つ私でも理解していたが、『父さんと遊ぶ』というその一言だけで、私は天上の甘露を味わっているような気分であった。
雄大な大地を思いっきり翼を広げて飛ぶのはなんと心地よかっただろう。忌み嫌われてる種族なんて肩書きは頭の片隅にもなく、自由気ままに飛んでいた。
あの時までは⋯⋯
あいつ、エミール王国の王、メルカトル・デープラーが私たちの里を侵略するまでは。
あの日のことは今でも覚えている。燃えゆく豊かな森、慟哭をし続けながら死にゆく友、そして最後まで懸命に抗って亡くなった父。
この国の全てが憎い。
そして、竜人一族の最後の生き残りになった私は、大衆の目の前で見せしめにするために地下の牢獄へと捕らえられていた。
目を覚ますと、湿気の効いたカビと埃の汚さが出迎えてくれた。
両腕が頑丈な腕輪で縛られて身動きがいっさい取れない。
ここまでフィットしてしまうのは少し愛着が湧いてしまうな。まあ、邪魔臭いのは変わらないが。
牢屋には必要最低限の物すら置いていない。牢屋全体の大きさは十畳ほどと一般的な牢屋より広いと感じられるが、挙げる取柄がそれ以外にない。あるとすれば、壁に突き刺さった松明と私の身一つだ。
トイレすらないため、仕方なくその場で放尿した時は、人生で最大の屈辱だと確信している。
捕縛されて三日経ったが、あとどれだけ待っていれば状況が動くのだろうか。私の推測だと執行の日に軍人複数名に押さえつけれながら、移動するだろうが、その時に強引に逃亡すると模索した。
しかし、その案は私の胸元にあるペンダントが否定する。
看守の話を盗み聞きした話では、このペンダントには竜族に対して絶対的な封印の力を発揮するらしい。なんでも、隣国のエルフの国にオーダーメイドで発注したとか。
確かに、普段ならこんな腕輪なんぞ壁ごと破壊できるが、今は指一つ動かすことにすら労力を要する。
私一人の力で脱走することはほぼ不可能みて正しい。
では、誰か協力者がいるのか問われたら、故郷の竜人一族は私を除いて皆殺しにされた。
「父さんごめん。一族の仇も討てなくて」
私は状況の深刻さを改めてぬ認識してぼやいてしまっていた。
その時、
コツン、コツン、コツン―――――
何処からともなく、階段を下る音が聞こえる。
奇妙だ。この時間に看守は一度も来たことないはずだ。まさか、見せしめする前に殺すことになってしまったのだろうか。
色々な思考が頭を駆け巡り、状況を打破しようと、ペンダントで動けない体を無理やり動かそうとしていると、
「あなた竜人の生き残り、イシュタルであってます?」
目の前に現れたのは少女だった。齢15歳にも満たないような幼さが残っているその少女は私の名前を呼んで牢屋の鍵を開ける。
予想していた相手とは見当違い甚だしい人物が出てきて、素っ頓狂な反応をしてしまったが、平常心を取り戻して少女に話しかける。
「だとしたらどうした?」
「やっぱり合ってた!単刀直入に言うね。あなたを助けに来たの」
年端もいかない少女から出るとは思えない重い言葉を私にぶつける。
少女の見た目を一言でまとめるなら、富裕層出身であることだ。丁重に縫われたドレスは到底普通の住民が着れる代物じゃないのは明白で、艶やかな金髪のロングヘア―は丁寧に手入れされているの伺える。
「助けるだと?君のような少女に何ができるんだ?」
「その少女がこの牢獄まで来れるのにも少しは疑問に持って欲しいけどね」
「まあいい」と言って、私の胸元にあるペンダントを取ろうとしたとき、
「そこにいるのは誰だ!?」
もう聞きなれたしまった看守の慄いた声が聞こえた。
ここで少女が見つかってしまったら、痛い目に合うのは私だけでは済まない。
「おい君、早く逃げろ。看守が来てしまう」
私が少女に向けて催促するがそれも失敗に終わった。
後ろを覗くと、既に看守が目と鼻の先に来ていたのだ。
「お嬢さん。ここで何をしている?ここはお嬢さんのような小さい子が来てはいけない場所だよ」
「イシュタルもここの看守まで、私のことを知らないとは本当だったようだな。私の名はカリファ・デープラー、エミール王国の王女である」
「「は?」」
見事なまでに私と看守の声が重なってしまった。
そして、牢獄には一瞬の沈黙が訪れる。沈黙を打ち破ったのは看守だった。
「確かに、メルカトル王のご息女がいる噂はよく耳にするがまさかお前なわけないだ…………
看守は言葉を言い終える前に声を詰まらせる。
原因は少女が左手につけている腕輪だった。
「それはメルカトル王の親族だけがつけることを許される一族の証!まさか本当に」
「さっきからそう言っているであろう」
「申し訳ありませんでした。どうかこの度の無礼を寛大なる御心でお許しください」
「よかろう。ならば死ね」
そう言い残すと、牢獄には血しぶきが壁一面に吹き荒れた。
カリファが父さんの形見である私のマチェーテでなぶり殺しにしたのだ。
一発、また一発と叩きつけ、看守であった物はすでに原型を留めていなかった。
「これで邪魔はなくなったね」
カリファは私のペンダントに手を伸ばし、いともたやすく取り壊した。
だから、私は自由になった体でカリファの首を絞めた。
「一族の、父さんの仇!!」
カリファは一行にうごこうとしない。まるで自分の死を受け入れているようであった。
私はより一層くびを絞める力を強める。
「いいよ。殺して。でも、これだけは言わせて。私はあなたを助けた。あなたは私に恩がある。竜人一族は恩を必ず返すのが教えなんでしょ?今のこの行為は死んだ一族に顔向けできるの?」
「うるさい!!」
「手身近に言うと、私はこの国を変えたい。それがもしお父様を殺すことになるんだったら、私は間違いなくお父様を殺す」
「うるさい」
「これでもまだ私を信用してくれない?」
「うるさい………」
私の手の力がどんどん弱まっていく。ペンダントの時とは違う。温かみのある弱さだ。目頭も異様に熱い。
気が付けば、私はカリファから手を離していて、カリファは起き上がっていた。
「近くにね、あなたの押収されたっぽい荷物があったから持ってきたの」
何事も無かったように再び私へと話しかけてくる。この厳かな対応は王たる素質といえるのだろう。
私は囚人の服とも呼べない布から懐かしい普段着に着替え、形見のマチェーテを腰へ携える。
「イシュタル、私と取引しよ。私はイシュタルを国の外へ安全に送り届ける。もちろん、イシュタルが住みたいと思える場所を見つけたらそこに住めばいい。その代わり、私の旅を手伝って」
「旅だと?」
私の反応にカリファは首肯する。
「実は私、この王都から出たことがないの。だから、イシュタルが脱国するまでの間、護衛をしてほしいの」
悪くない話だと私は思った。私が持てる中で最善の策だ。むしろこの機会を逃したら二度と脱出するチャンスは来ないだろう。
「分かった。貴様の旅路に付き合ってやる。だが、お前の父親であるメルカトルが私たちに行った行為を忘れる訳じゃない。この旅路が終わったらお前を殺してやる。
私は腰のマチェーテを抜刀して、剣先をカリファの鼻先へ突きつける。そして看守だった物をさらに跡形もなく切り刻み、肉塊へと変貌させた。
そんなグロテスクな光景に臆することなく、カリファは答える。
「うん、よろしくね」
私たちの美しくて汚い旅路がここから始まった。
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