第2話 浅野と水野

「ここ、空いてますか?」

 二人の女性のうち、背の高い方の女の子に声をかけられた俺は、「あっ、その……」と吃ってしまう。


 女性と話した事がないわけではないが、同年代の子と話すのは極力避けていたせいか、すぐに返事をできなかったのだ。


 そもそも、相手が悪い。


 俺に声を掛けてきた方の子はいかにも陽キャというような風貌で、短めに揃えられた茶髪と160センチはあるのに細い四肢とグラビア顔負けのナイスボディーは女性慣れしていない俺にとって会話のハードルが高い。


 もう一人の子は小さく地味な見かけで、眼鏡をかけて腰までありそうな黒髪はどことなく落ち着きを感じさせる。


 だが、その子は俺と同様に男慣れをしていないのか、どこか不機嫌そうにそのやりとりを見ていた。


「あ、空いてますよ。どうぞ……」

 と言って、席をずれると、背の高い方の子は「ありがとう」と言って俺の隣に座り、その横に小さい方の子も後に続く。


 ……気まずい。

 俺の横に女性が二人もいる状況に緊張する。

 しかも一人はかなりの美女だ。ますます緊張に拍車をかける。


 特に交流をする訳でもないが、隣で会話を繰り広げる彼女らの方から、女性特有の甘い香りが鼻腔を擽る。


 ……何を考えてるんだ、俺は!!これじゃ、ただの変態じゃないか!!


 自らの欲に忠実な体に嫌悪感を覚えながら、俺は広げていた荷物をまとめる。席を移動するためだ。


 いかに自分が先に座っていたからとはいえ、女子の隣に平然と座っていれるほど肝は座っていない。


 かと言って、今更彼女達を別の席へ移動してもらうのも気が引ける。ならば自分が動いた方が手っ取り早い。


「ん?どこいくんですか?」

 荷物をまとめた俺が席を立つと、背の高い女の子が俺に声をかけてくる。


「いや、どこか席を移動しようかと……」


「え〜、なんでですか?ここにいてくださいよー」


「いやいや、ここにいたらせまくないですか?」

 5人掛けのテーブルに三人だったら別に狭くはない。

 が、気分的に俺が落ち着かないのだ。

「そんなことないですよ。どこか行かれたら私達が申し訳ないですし……」


「そ、そうですか?」


「はい!!遠慮せずに、隣にいてください」


「……分かりました。お邪魔します」

 先に席をとっていたのは俺なのに、彼女らに気を使う自分に背の高い女の子はふふッと笑う。


「あっ、そうだ。名前!!君の名前を教えて」


「ああ……、俺は北条。方角の北に条約の条で北条」


「えっ?北条じゃなくて?」


「うん。キタジョウ……」


「へぇー。北条だったら好きな女優さんと一緒だったのに」


「ははは……。よく言われる」

 俺が女の子の話に苦笑いを浮かべていると、その子は身体をこちらに向けてくる。


「じゃあ、次は私ね。私は水野葉月(みずのはづき)。よろしくね」


「よ、よろしく」


「で、私の隣の子は浅野月(あさのつき)」


「よろしく……」

 水野さんに紹介された、浅野と呼ばれた少女はこちらを振り向くことなく、小さく挨拶をしてくる。


 その様子を見た水野さんは苦笑を浮かべると、再びこちらを向き直る。



「はははっ、ごめんね。この子、人見知りなの」



 水野さんの身体に隠れるくらい小さい浅野さんをみながら、「へぇー」っと口にすると、水野さんは話を続ける。


「じゃあさ、北条くんはどこからきたの?」


「あっ……、H県から」


「へぇ〜、そうなんだ。私たちは地元だから、一人暮らしって、憧れる。ねぇ、月」

 水野葉月は隣に座る浅野月に同意を求めると、浅野月はこくりとうなづく。


 よく喋る水野とは対照的に浅野はあまり喋らない。

 話したとしても、水野を介してうなづくだけで俺との交流は0だ。


 人見知りなのか、男慣れをしていないのかは知らないがまだ彼女の声を一声も聞いていない気すらする。


 それは俺も同様で、基本的には水野の質問にただ答えを返すだけの会話。到底コミュニケーションとは言いがたい。


 俺の様な陰キャ男子にとって女子との交流は一大事件だ。もちろん女性と会話をした事がない訳ではないが同年代の女子となると話は別。


 彼女らが何を思い、何を考えているのか分からない。


 とは言え、彼女らも同じ人間だ。なんとか作り笑顔を見せる。


 だが、一方で浅野さんはただ黙ってスマホを弄っているだけだった。


 水野さんが太陽なら彼女は星の様な存在感。

 水野さんが目立っていれば彼女の存在は見えなくなるような気がする。


 それは気分的な存在感だけではない。

 肉体的にも対照的だ。


 水野さんが所謂ぼん、キュ、ぼんの身体をしているとすると、彼女はちんまり……。身長も150センチあるのだろうかと疑いたくなるくらいに小さい。


 そんな事を水野さんと話しながら考えていると、授業の予鈴がなる。


 ようやくおしゃべりな水野さんのマシンガントークから解放されると俺は黙って授業を受ける。


 その間、たまに視界に浅野さんが入る。


 授業が退屈なのか、カリカリと何かを描いている様に見えるが、何を描いているかはよく分からない。


 ただ、絵の様なものだと言う事だけは分かった。


 ……何を描いているんだろ?

 そんな事を思いながら、俺は授業を受けていた。


 きーんこーん!!

 気づくと1限目の終わりを告げる鐘がなる。


 それと同時に先生は足早に講義室を後にし、他の生徒もゾロゾロと講義室から出ていく。


「んー、終わった〜」

 水野さんはそう言って伸びをし、浅野さんは黙々と片付けをしている。


 俺は次の授業はないのでゆっくりと片付けをしていると、水野さんが俺の名を呼ぶ。


「北条くんは次の講義は?」


「えっ、あ、次はないんだ。水野さんは?」


「私はねー、次も授業を入れちゃったんだ」


「ふーん……」

 そう言って水野さんは、ペロリと小さく舌を出す。


 あざとかわいいとはこの事か?


 今までに交流のある女の子にはなかった可愛らしい表情に困惑する。


 だが、その横では浅野さんは荷物を持つと早々と立ち上がり、水野さんに、「行くよ……」と、声を掛ける。


 今日初めて聞いた彼女の声はどこか不機嫌っぽい。

 その証拠に、彼女が俺に向ける視線はどこか冷ややかだ。


「えー、ちょっと。あちゅき。待ってよー!!」

 友人に置いていかれそうな水野さんは、友人のニックネームを呼び急いで荷物をまとめる。


 ……あちゅき。

 聞き覚えのある名前に、俺はびっくりする。


 あちゅきとは企業所属のVtuber、ウインディーネが自分のアバターを描いたイラストレーターを呼ぶ時の名だ。


 そのイラストレーターこそあけのあかつきなのだ。


 なんたる偶然なのだろうか?推しがこの大学に……。


「いる訳がないか……」

 講義室の前で水野葉月がくるのを待っている浅野月を見ながら考えを改める。


 あけのあかつきは既にVtuber歴3年、まだ歴史の浅いVtuber業界の中でも中堅のライバーだ。そんな彼女がこんな所にいるなんてまず考えられない。


「じゃ、北条くん。またね!!」

 水野葉月は俺にそう言うと、浅野さんの方に小走りに走っていく。その後ろ姿を俺は目で追う。


「またね、か」

 あんな美人にまたねと言われ、喜ばない男子はいないだろう。まさか、あけのあかつきの祈りが叶うなんて眉唾物扱いをしていた昨日の自分を殴りたくなる。


 だが、まだ連絡先を交換したわけではない。連絡先を交換して初めて友達と呼べるのではないだろうか?


「いよし、頑張るぞ!!」

 そう気合を入れ直し、俺も講義室から出ていく。


 とはいえ、2時限目は特に何も予定がない。

 大学の校内を歩きながら、暇つぶしのできる場所を探す。なければ図書室で本を読むか、何かしらをすれば良い。


 そう思っていると中庭ではサークルの勧誘活動をしているところだった。


「サークル……か」

 多くのサークルが広げているブースを眺めながら、俺は何かいいサークルがないかを吟味する。


 せっかく大学に入ったのだ、何かのサークルには入りたい。


 野球、サッカー、バスケなどの体育会系から軽音、オカルト、はたまたアニ研など様々なサークルがある。

 ありはするが俺自身は運痴だ。体育会系はパス。


 軽音も最近の流行りの曲を知らないのでダメ、オカルトは苦手だからパス。アニ研はまぁ、無しよりの有りだ。


 そんな事を考えながら歩いていると、一つのサークルに辿り着く。


 そこには創作研究室と書いてあった。





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