第3話 浅野月という女

 創作研究部……。


 中身は小説や漫画、絵など創作活動をメインに行うサークルらしい。しかも、参加には強制力はない。


 これからバイトを始めないといけない俺にとってはうってつけのサークルだ。


 そのサークルに興味を持った俺はそのブースの方に足を運び、受付にいる生徒の方に行く。


「すいません」

「すいません」


「はい。なんでしょう?お二人とも入会希望の方ですか?」


 ……お二人?


 俺は一人だが、受付の生徒がいう様に声は俺の他にもう一人分声がしたのは俺も聞こえている。


 だが、右を見ても誰もいない。

 まさか、幽霊?などとアホな事を考えていると、下から、「いいえ、違います」と、女性の声がした。


 その声の方に目を向けると、俺の右隣の下の方に小さな女の子がいた。しかも、今し方別れたばかりの。


「うわっしょい!!」

 俺は急に現れた浅野月の存在に驚き、変な声を上げる。


 そりゃそうだ。

 いつのまにか、浅野月が隣にいたのだから無理はない。


 なぜ彼女の存在に気がつかなかったのか?

 それは俺の身長と彼女の身長の差があったからだ。


 俺は185センチの巨漢であるが、彼女は150センチぐらいだ。30センチ物差しが一本では足りないほどの身長差だ。


 その身長差は俺の死角になる。


 しかも、彼女はあまり存在感がない。

 そのせいで普通なら気づくであろう彼女の存在に気づかなかったのだ。


「…………」

 俺は彼女に驚いてはいたが、彼女は全く意に介していない様子。その様を見て、サークルの人は苦笑いを浮かべる。


「えっと……、お二人ともサークルの説明を聞きにいらしたと言う事でよろしいでしょうか?」


「はい!!」

「はい!!」

 受け付けの生徒の問いに俺たちは声を合わせて返事を返す。


 もちろん合わせたわけではない。

 ないのだが、なぜか息があってしまう。


 そんな俺たちを見て、受付の生徒は再び苦笑いを浮かべながら説明を始める。


「……では、このサークルの説明をします。このサークルは創作活動をする人を集めて作品を見せあったり、批評したり、ディスカッションをする。そんな集まりです」


「ほう……」

「ほう……」


「月に一回、サークルに自分の作った作品を持ち寄ってもらう事になりますが、お二人は創作活動で何か興味のあることは……」


「小説!!」

「漫画!!」

 もはや息がぴったりなのかそうでないのかはわからないが、ようやく浅野月との答えが割れた。


 だが、二人同時に答えられた受付の生徒は戸惑っている。


「すいません、お一人づつお答えをもらってもいいでしょうか?まず女性の方から……」


「私は前から漫画を描きたいと思っていたんですけど、お話を作るのがどうも苦手で……。だから漫画をかける様になりたいな……と」


 へぇ。漫画か……。


 授業中に何かを書いていたのが絵であった事を思い出す。ラフに描いてはいたが、なかなか可愛らしい絵を描いていたような気がする。


「漫画ですか……。男性の方は?」


「えっ、あ、俺は……。小説を書くのが趣味でして、いろんなシュチュエーションは浮かぶんです。が、キャラクターを上手く表現できなくなって……」

 俺はそう説明しながら、高校時代の事を思い出す。


 一時期、思いつくがまま小説を書いてはネットに上げていた。その当時は読者がつく事に喜びをおぼえていたのだが、それに慣れると徐々に話を作るのがつまらなくなってしまったのだ。


 だがそうは言っても浮かんでくる設定の行き場に困ってしまい、次第に話が書けなくなったのだ。


 スランプというには烏滸がましいのだが、一度は納得のいくものを書いてみたい……。それが俺の願いだった。


「……わかります。お話とかって、一人じゃ書けないですよね」

 そう言ってくるのは浅野月……ではなく、受付の人。


 浅野月はどこか冷めた視線でこちらを睨んでいる……様な気がする。


「ですが、大丈夫です!!そんな方のために、このサークルはあるのです!!!お話が作りたい方も、漫画が書きたい方も、悩んでいる方もこのサークルに入れば仲間がいるよ!!そんな仲間が相談に乗ってくれる素晴らしいサークルなのです!!」

 突然、受付の生徒は胡散臭い通販番組の様に声を張り上げる。


 その熱弁する様を俺と浅野はポカンとした表情を浮かべて聞いていた。


 要は作家やクリエイターが悩んだ時に孤立しない様にするのがこのサークルのコンセプトらしい。


「と言うことで、お二人ともこのサークルに入ってみてはいかがでしょう!!今ならお二人に耳寄りな情報を授けます!!」


「……と言うと?」

「……と言うと?」


 耳寄りな情報……。お得と並んで日本人が好きな言葉に俺たちは食いつく。だが、受付の人はチッチッチと舌を鳴らして教えてはくれない。


「それは入部してからの秘密です。さぁ、この用紙にサインを!!」

 受付の人はそう言って、2枚の紙を俺たちに差し出す。


 サークルの入会届だ。


 俺たちはしばし入会するかを悩む。

 まだ他にいいサークルがあるかもしれないが、お得な情報とやらも気になる?


 まぁ、合わなければやめればいい……。

 そう思い、俺が入会届けに手を伸ばすと同時に浅野月も手を伸ばす。


 どうやら彼女も入会するらしい。

 二人同時に入会届けにサインをし、受付の人に差し出す。


「んで、お得な情報……とは?」

「…………………………とは?」


 入会届を確認している先輩に待ちきれなくなった俺はお得な情報の真意を尋ねると、先輩はにこりと笑う。


「入会、受け付けました!!で、お二人にお得な情報とは……」


「「……とは?」」

 答えをタメに溜める先輩に俺たちは同時に生唾を飲む。


「お二人に一つの作品を作り上げてもらうこと……です!!」


「「はぁ?」」


「お二人には足りないところがはっきりしています。その足りない部分を補いあえばいいものができると思いませんか?」

 確かに先輩の言う様に二人には明確な長所と短所がある。しかも、それは互いに足りないものだ。


 だが、このコミュ症女にそれができるのか?


 ……否。出来ない。

 それに創作というのはそれぞれに見てきた世界を共有しないと文字通り話にならない。


 だから先輩の話に俺たちはついつい本音を溢す。


「このノッポと?」

「このちんちくりんと?」


「誰がちんちくりんよ!!」

「誰がのっぽだ!!」

 互いに初対面のはずなのに、コンプレックスを言い合う俺たちをみて、受付にいた先輩は小さくほくそ笑んでいた。


 ※


『えーっと、この間の事なんだけどー。初対面の人にちんちくりんって言われたんですよー』

 スマホの向こうであけのあかつきがそうぼやくと、コメント欄にはちんちくりんや何センチ?とか、ちんち◯と言ったコメントが並ぶ。


 あけのあかつきのアバターの身長は150センチ(推定)とプロフィール欄に描かれてある。


 それはそれでちんちくりんなのだが、この話では中の人も小さいようだ。


『神に対してちんちくりんとか、罰当たりすぎるわ!!天罰でも下してやろうかしら!!』


 その日の夜、俺はあけの神の配信を見ていた。

 だが、なぜかあけの神は配信そうそう荒れ狂っていた。にこやかなアバターの裏で恐ろしい事を宣うあけの神にコメント欄も湧いている。


 コメント

 神は何センチなんですか?

 神様は何カップ?

 アチュ鬼神降臨www


 もはや取り止めのなくなったコメント襴を眺めながら、にも似た様なことがあったなと、苦笑を浮かべる。


 とはいえ、あちゅきと書かれると俺も忘れていた浅野月の憎たらしい顔が脳裏に浮かぶ。


 あのあと互いに入会届を取り下げようとしたが、先輩はそれを受け入れてはくれなかった。


 むしろ二人で1作品を書いて提出しろとのことで、半ば強制的にLINEを交換させられたのだ。


 ……初めてのLINEの登録相手があのちんちくりんだった事にショックを受けたのだが、彼女が送ってきたLINEも無理難題をふっかけてきたものだった。


『今週までに主人公とヒロインの設定を考えて来て!!遅れたら、ゴブリンに襲わせるから』だ、そうだ。


 ゴブリン姦とか、相当なオタクだ……。


 だが、彼女がどんな話が好きかは少し見えた気がする。


 きっとファンタジーが好きなのだろう。


 だから、俺はそれにあった主人公とヒロインの設定を考えるこの時間が至福なのだ。


 推しの声を聴きながら妄想をしているといいキャラクターに出会えたりもするのだ。


「あ、そうだ。あいつを敵キャラにして……」

 今日も今日とて妄想が捗る。


 ヒロインはあけのあかつきでラスボスは浅野月。

 それだけでご飯三杯はいける!!


 ……いや、俺の性癖ではないからな!!

 嫌いなやつは小説内でくっころしてやればいいと思っているだけで……。


『神(わたし)に逆らうとくっ、殺せ!!てなる様な薄い本にしてやる!!』

 スマホの向こうでも、あけのあかつきがいつになく荒ぶっている。


「おー、おー。あちらも荒ぶっていらっしゃる。あ、そうだ」

 荒ぶる神に俺は先日のお礼にスパチャを送ることを思いつく。


「えっと……、先日のお願いが叶いました。そのお礼ですっと」

 スマホで読み上げたのと同じ文字を打ち込み、スパチャを投げる。


 すると有象無象のコメント欄に俺の送ったスパチャが流れていく。この配信でお礼のコメントを流すこと必要はないのだろうが、どうせ読まれないだろうから気にしない。


 するとあろうことか、あけのあかつきは俺のスパチャを読み上げる。


『しんやさん、スパチャありがとう。よかったですねー!!やはり神を信じるといいことかあるんですよ』

 と、ドヤ顔を浮かべる。


 まぁ、友達と言うのも烏滸がましく、厳密には叶ってはいない。


 ただ隣の席に座った女子と会話をしただけだし、LINEを交換した相手は友達とは呼べない。


 だが、そんな相手でも女子は女子だ。

 今後いかなる事が起こるかはわからない。

 それに推しへの感謝は忘れずに……だ。


 そんな殊勝な思いを持ちながらも、俺は改めてサークルの先輩に言われた課題を考える。


 それをwe padにまとめて浅野月に送ればいい。

 ヒロインは女神でラスボスは鬼神、主人公はなんの特技も持たない巻き込まれ気質の男キャラ……。


 そんな想像をしていると、いつの間にか午前0時を回っていた。



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