第11話 レリクの実力
数も実力も自分のほうが圧倒的に有利。
男はそう思っていた。
だが一瞬にして背後を取られ、痛烈な一撃を与えられた途端、男から恐怖が芽生える。
「今のは……空間転移魔法? しかも魔力を溜める動作もなく、無詠唱で……」
「年期が違うんでね。それに、教えてくれた奴が優秀だった。おかげさまで今は息を吸うように使えるわけだ」
レリクは倒れた男の髪を掴み、強制的に起こさせる。
「あがっ……」
「お前を殺す手段なんていくらでもある。能力にかまけて、彼我の戦力差も分からねえ奴なんてごまんと見てきたからな」
その目は偽りなく、本気で自身を容易く屠れる相手だと、男は察した。
「あの化け物に飲み込まれた人達は、どれくらいで消化されるんだ?」
「へ?」
「まだ猶予があるなら救う。だがもし手遅れだった場合……」
レリクは男の首を掴み宙に浮かせた。
「ぐぎっ……!」
「お前に散々苦痛を味わわせた後で、奈落に送還してやるよ」
「わかった! わかりました!」
男は両手を上げ降参の意を示す。
その様子を見て、レリクは男から手を離した。
男は咳き込みながら、言葉を選ぶように慎重に返答する。
「あのアビスゲートは、一度に大量の人族を取り込み、均一に少しずつ養分を搾取してゆくのです。時間をかけて、じわじわ苦しませながら……」
作成者である親が親なら子も子だと、悪趣味な食事の取り方に嫌悪しながら。
しかし逆に言えば、すぐに消化されるわけではないのだと、心なしか希望が芽生えた。
「今すぐ吐き出させろ。それか、俺があの化け物を切り裂いて引きずり出してもいいが」
「それだけはご勘弁を! わかりました。すぐに取り込んだ者達を解放致しますので」
そう言って、ベヘモットはトボトボ赤い肉塊へ歩を進め。
しかしその途中で、ピタリと足を止めた。
「おい、何やってんだ? 早くしろ」
男はレリクに背を向けたまま話し出す。
「先程の空間転移魔法、実に見事です」
「あ?」
「しかし、無詠唱の時短発動では移動距離に限りがあるでしょう。おそらく移動範囲は10~20メートルといったところでしょうか?」
「……何が言いたい?」
「同じ轍は踏まないという事です。……【オールドサモン】」
すると、突如レリクの前方、後方に魔法陣が現れ、さらに魔物が増援された。
ベヘモットは神殿の襲撃に備え、施設内至る場所に前もって魔法陣を隠していた。
そしてレリクに従うフリをしていたのも、彼から距離を取るため。
レリクの空間移動に制限があると見抜いたうえで、今度はベヘモットから仕掛けたのだ。
「元々接近戦は不得手でして、こちらの手段を取らせて頂きます。……かかれ!」
男が指示を出すと、魔物達は再びレリクに向けて襲い掛かる。
――今回は数が倍。どこへ転移しても群れの中です。
口角を上げて、勝利を確信する。
だが次の瞬間、レリクを取り巻く魔物達は同時に、横真っ二つに切断された。
「……は?」
バタバタと絶命する魔物達の中心には。
両刃の長槍、パルチザンを持ったレリクが立っていた。
「言っただろ。お前を殺す手段なんていくらでもあるって」
赤く染まった穂先から、横薙ぎの一振りで魔物を殲滅させたのだと男は理解した。
「そんな……今しがた召喚した魔物のレベルは、一個体60以上はあったはず……!」
「まあ、そんくらいだろうな。鑑定系のスキル持ってないから体感だけど」
「それを、たった一撃で?」
レリクを襲わせた魔物はベヘモットの最高戦力。
神殿の中枢区に眠るアビスゲートを守る為の絶対防衛だった。
「くっ……全ての魔法陣を発動する! 【オールドサモン】」
もはや四の五の言っている場合ではなくなった男は、残りの魔力を全て使い、神殿内に設置した全ての召喚魔法陣を発動させ、一斉にレリクを襲わせた。
「まだこんなにいたのかよ。町を襲撃する分をこっちに回してくれたのは有難いけど」
「ご自分の心配をなさい! どのみちあなたを殺して町も襲わせる予定ですので!」
魔力を使い切った捨て身の召喚は。
「【
レリクの体術スキルによって瓦解した。
「なっ……!」
竜巻を起こす程槍を振り回し、向かってくる魔物を弾き飛ばす。
中型の魔物を一掃すると、今度は熊の姿をした大型魔物がレリクに襲い来る。
「お前らにはこっちだ」
するとレリクは『
そして新たに二本の短剣を取り出した。
「【
俊敏な身のこなしで大熊の攻撃を掻い潜り、懐目がけて連撃を繰り出す。
それを三体、四体と沈めていき、大型魔物も一掃。
「さて、あとは……おっと」
間髪入れずに巨大な蜂の魔物もレリクを襲うが、それをひらりと躱し。
「キラービーもいるのか。なら、こっちだな」
再び『
「さて、エリュシオン産、レーザー式ハンドガンの威力はどうかね」
そう呟き、レリクは手に持った拳銃を蜂の魔物に狙撃した。
銃口から放たれる高濃度のレーザーは、巨大な蜂の体を貫通。
さらには神殿の壁まで突き抜ける程の威力を見せた。
「うおっ、すげえな。高かっただけあるわ」
想像よりも高い貫通力に興奮しながら。
そのままレリクは向かってくるキラービーやゴブリンを二丁の銃で撃ち抜いてゆく。
「な……何なんですかあなたは! どれだけの武器を扱える?」
ベヘモットの驚愕したような叫びを聞き流し。
100は下らなかった魔物の群れを瞬く間に殲滅していった。
そんな中、命を取り合う戦闘中で、レリクはかつての師の声を思い出す。
〈レリク、アタシに恩を感じる必要はない。アタシの剣術を継ぐ必要もない。アタシはただ、お前に生きる術を与えただけなのだから〉
幼少期に感じた安堵の温もりを。
恩返しが叶わなかった悲壮感を。
〈思いつく限りの策を試してみろ。手札を増やせばその分可能性も増える。越えられないと感じた壁も、そこから打開策が生まれるものだ〉
今更ながらに実戦する師のアドバイスを。
手遅れだと知りつつも継続しているあきらめの悪さを。
今もなお、思い返してしまうのだった。
――先生、俺の手札は……まだまだ付け焼刃だよ。
レリクは小さく笑った。
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