第10話 道化を演じる奈落人
目の前で対峙する男は、レリクと同じ別世界から来た者。
それも、『奈落』に落とされる程の大罪人。
この男の素性を知り、ようやくこの世界の原因が分かった。
「なんで魔物が凶暴化したのか、なんで他の魔物が統率されているのか……」
同時に、事は思いの外大きな問題であると気づく。
「お前、奈落の瘴気を使って無理やり遺伝子を組み替えてたんだろ? そして、その魔物を操って町を襲わせてた」
「ええ、これでも召喚士ですから。魔物の精神操作は得意分野でございます」
奈落人となった者は、長い間奈落の瘴気に侵され続け体の組織が変化する。
やがてその体は腐敗し、消滅し、奈落に取り込まれるのだ。
だが、この男は体を維持したままであり、代わりに常時、体から瘴気が漏れ出ている。
その状態の男が魔法を使えば、他の対象物にも瘴気の影響を受け。
それが世界中に感染してゆく。
「原因は分かった。けど、まだ分からない事がある」
レリクの言葉に、ベヘモットが続ける。
「何故、奈落に落ちたワタクシがこうして地上界にいるのか、疑問なのでしょう?」
まるで心を読んだかのように男は返した。
「当然、『奈落』は難攻不落、脱出不可能な無限牢獄。自力で抜け出す手段はございません。通常なら」
「だったら……」
「しかしそんなルールの壁にも抜け道があるのです。たとえば、自分の望み通りに万物を支配するような、強力なユニークスキルなど」
男の発言に、レリクはある事に気づく。
「まさか……転生者の、『
男は不敵に笑った。
「じゃあ、あいつがお前を召喚したのか? あいつが、世界の滅亡を願ったのか?」
「フフ、正確にはお連れの女性に願われ、彼がその願いを叶えたそうですが」
レリクは先程の女を思い出していた。
サガラの隣りで、信頼出来るパートナーのような立ち振る舞いを見せていた女。
そしてどこか、腹黒さのようなものも感じていた。
「いやしかし、召喚士のワタクシが召喚されるとは思いませんでした。ましてやあのような少年に、まさか奈落にいる身ですら引き寄せられるとは……。天に住まう女神様はずいぶんと分不相応な力を与えたものですね。実に愚か……」
と、馬鹿にしたように笑い。
「しかしその愚かさに多大なる感謝を」
その直後、男の周囲に幾つもの魔法陣が浮き出る。
「【
そしてその中から魔物の群れが飛び出してきた。
「話はこれくらいで良いでしょう。そろそろ今夜の襲撃を行わないといけませんので」
数にして30。
いずれも強化された魔物であり、外で出くわしたゴブリンとは比較にならない程の強さだとレリクは感じた。
「最期に言い残す言葉はございますか? ワタクシで良ければ聞いて差し上げますが」
「なら教えてくれ。連日魔物が人をさらっているらしいんだけど、さらわれた人はどこにいった?」
奈落の瘴気を浴びて強化された魔物の群れを前にして、レリクは臆する事無く尋ねた。
「この数を前に、余裕ですね。まあいいでしょう。その方達でしたらあちらでお眠りになられておいでですよ」
と、男はレリクの後ろへ手を向けた。
「おい、まさか……」
その方向には、ゴポゴポと躍動する赤い肉塊。
「あれに、食われたのか?」
ゾクリと鳥肌が立つ見た目をした塊の中に、人が入っている。
そんな背筋を凍らせている様を、男は愉快気に笑う。
「ホホ、実に良い反応。あれはワタクシが奈落にいた頃からずっと思い描いていた
自分の最高傑作であるオリジナルの魔物を語る目は童心のようだった。
それが、その笑みが次第にレリクの神経を逆撫でさせる。
「あれは世界の
今までどれ程の犠牲を払ったのか。
どれ程の生命を食らってきたのか。
「ここまで育てるのに二年程かかりましたが、間もなく誕生するのです。奈落を侵食させる次元龍、アビスゲートが!」
己の私利私欲で、無関係な命が奪われる。
それがたまらなく、腹立たしかった。
「満足しましたか? さあ、これで心置きなく天界へ還れるでしょう? 戻ったら女神にお伝え下さい。無能な神で助かったと」
そう言うと、ベヘモットに召喚された魔物達は一斉にレリク目がけ襲い掛かった。
「ああ……会う機会があれば俺も言ってやりたいよ」
そんな中、レリクは身構える事無く呟き。
「けどその前に――」
魔物の牙がレリクに触れる直前。
突如レリクは空間転移でその場を瞬時に移動し。
「お前をぶちのめす!」
一瞬にしてベヘモットの背後に転移。
そして後頭部を掴み、力の限りベヘモットの頭を地面に叩き付けた。
「ごあっっ!!」
あまりの速さに思考が追い付かなかった男は、無防備のまま顔をめり込ませた。
「が……は……? あな、たは……」
「誰を敵に回したか分かってんだろうな? 三下」
拳を鳴らし、怒気に満ちた表情を見せるレリク。
この一瞬で、ベヘモットは後悔した。
この世界で、最も怒らせてはいけない者を怒らせてしまったと。
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