第9話 神殿内部の異形物



 地下牢を出たレリクはバレないように町の外へ抜け、神殿を目指し歩を進める。

 霊山の奥へ進んでゆくと、レリクはそれらしき建物を発見した。


「結構広そうだな」


 一人呟き、魔物の住処とされる内部へと侵入した。





 しばらく歩きながら、レリクはある事に気づく。


 ――松明が新しい。それに、床のタイルも綺麗に舗装されている。


 両端に一定間隔で立て掛けてある松明は、ゴブリンの身長的に高すぎた。

 そのうえ、目立った埃もない床。

 神殿の内部は、魔物の住処になっているとは思えない程に整備され過ぎていた。

 明らかに人為的で、知能のある種族が開拓しているような。

 妙な違和感があった。





 道なりに進んで行くと、急に開けた場所へ繋がっていた。

 部屋は明るくかなり広い。

 そして正面には祭壇のような設備がある。


 さらに観察すると、祭壇の奥、本来女神像が置かれていたであろう場所に、何かの生き物なのか、赤く巨大な不定形の塊がボコボコと脈打っていた。


「うえ、なんだあれ、気持ち悪っ!」


 生理的に近づく事を拒絶したくなる不気味な塊。

 レリクは恐る恐る祭壇へと近づき、それをまじまじと観察していると。

 不気味な塊は突如、竜の顔を模したような形が浮き出てレリクを睨みつけた。


「ゴゴゴゴゴゴアアアア!」


「えええ、なになになに?」


 そして室内にこだまする呻き声。

 襲ってくるかと思いレリクはその顔面に身構えていると。



「おや、これはこれは、お客様でしょうか?」



 目の前の顔面に気を取られ、レリクは反応が一瞬遅れた。

 その声は後ろから聞こえてきたのだ。


「っっ!」


「このような場所へお越しになられるとは……。して、何用でここへ?」


 黒いスーツを身に纏い、道化のような、派手な厚化粧を施した長身の男。

 突然の来訪にも特に驚いた様子は見せず、ニタリと笑みを浮かべながらゆっくりと近づいて来た。


 畏まった態度だが、腹の底が見えない不気味な雰囲気をしている。

 レリクは勘繰りながらも男の問いに返した。


「最近魔物が凶暴化してるから、近辺の調査で来たんだよ。で、あんたは何者だ?」


 男は「これは失礼」と、深々と頭を下げながら答える。


「ワタクシはベヘモット。闇より深き地底の底から這い出た、しがない召喚士にございます」


 デフォルトで鼻につく笑みを忘れず自己紹介を述べる男。


「召喚士……」


 召喚士とは主に魔物や精霊を呼び寄せ使役する職業であり。

 町周辺の被害と、世界中に蔓延する魔物凶暴化を鑑みて、この男が目下の凶暴化を引き起こしているのではないかと疑いの目を向ける。


「色々聞きたい事はあるんだけど、まず、あんたは何故ここに来た? ここは今使われていない神殿で、魔物の住処になっているんだろ?」


 まずは少しずつ情報を聞き出そうと、レリクは誘導尋問を投げかける。

 だが、ベヘモットと名乗る男は面白気に笑うだけだった。


「質問に、答える気はない感じ?」


「クク……ああ失礼失礼。ずいぶんと回りくどい言い方だと思いまして」


「あ?」


 そして男は答えた。


「ワタクシがこの場で、このタイミングで姿を見せた時点で、あなたも分かっているのでしょう?」


 徐々に聞き出す予定が、男は予想に反してあっさりと自供した。


「そう、此度の魔物凶暴化に伴う生物災害、それを引き起こしたのはワタクシです」


 ルンルン気分で鼻歌を流しながら、ねっとりとレリクに近づく男。

 敵を前にして、依然余裕の笑みを崩さなかった。


「甘美に満ちた幸せな日々を過ごしていた人々に、突如襲い掛かる厄災。一変して人々は逃げ惑い、恐怖し、絶望する。その様はなんと滑稽で、醜く、愛おしいのか……」


 男はレリクの周りをクルクルと踊りながら、ミュージカル口調で喋り出す。


「ああ……なんと悲劇的な展開。しかしこれもすべては過去の清算。一つの種族を追いやり、迫害し、悪と断じた者達への制裁が始まったのです」


「制裁?」


「その種を束ねる孤独な女王は願った。『死別した同胞達に報いたい。奴らを同じ目に遭わせたい』と」


 鬱陶しく至近距離で踊るその男の話を聞きながら、レリクはこの世界に行く前に聞いたクルアの話を思い出した。

 かつてはこの世界にも魔人族がいたと。


「そうして願われ、この地に召喚されたのがワタクシでございます」


 数十年前に滅んだとされているが、未だに生き残りがいたとして。

 その復讐の為にこの男を利用したのかと、レリクは思った。


「耳障りな解説どうもありがとう」


「お気に召したのなら光栄でございます」


「ところでさ……」


 と、レリクは先程から感じていた気配を問う。


「あんたから生命の気配を全く感じないんだよな」


「ほう?」


「とは言えアンデッド死人ゴーレム魔導生物って雰囲気でもない。……で、このワードに聞き覚えが無かったらそのまま忘れてくれていいんだけど、言っていい?」


「どうぞ」


 それはある程度の確信を持っての問いだった。

 他とは違う、禍々しい雰囲気。

 地上界にあってはならない因子。

 そして、この男から発せられる気は、霊山で感じた気配と酷似していたもの。


「あんた、奈落人ならくびとってやつか?」


 レリクの問いに、男は先程よりも嬉しそうな笑みを漏らした。


 奈落人とは、天界とは真逆、地の底深く眠る混沌とした常闇の永久監獄、『奈落』に幽閉されている者達。


 彼らは生前、全く善行を行わなかった者や、貯めた善行をマイナスにする程の悪事を犯した者の成れの果てであり、そういった者達は転生する権利を剥奪され、永久に自由になる事はない場所、奈落へと送られる。


「ホホ、なるほど~、奈落人の存在を知っているという事はつまり、あなたは天界関係者でお間違いないですかな?」


 レリクは予想が的中したと思った。


 男はレリクを天界関係者だと言った。

 それは本来、この世界では知り得ない情報であり。

 この男、ベヘモットが別世界から来た者だと裏付ける要素となった。



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