第2話 空間転移ゲート
地上界への出張申請を提出し、無事に受理された三人。
準備の為に会社を早退し、英気を養った翌日のこと。
「およ? レリ君パイセンじゃん」
休憩室で荷物の確認をしていたレリクに、猫耳の少女が声をかけてきた。
「クルアか。今から休憩?」
「そだよ~。ウチ昨日から徹夜でさ、ようやく一息つけたとこ」
彼女はクルア・ミーア。
五年程前に天界人となった猫獣人の少女であり、レリク達の後輩にあたる。
そして彼女はレリクの姿を不思議そうに見つめた。
「私服、めずらしいね。もしかして出張?」
「ああ、ルディーの担当してる世界で異常があったから、その調査」
「へえ~、どこの世界に行くの?」
「第28宇宙領域にある、翡翠の星『ツェミドラ』」
レリクが答えると、クルアは猫耳をピクリと躍動させた。
「ああ、それウチが前に担当してたとこだよ」
自身が新米の頃担当していた世界に懐かしむクルア。
「そうなんだ。お前が担当してた時、何か異常はなかったのか?」
「ん~、気候も丁度良いし自然災害も少ない世界だったからね~。国同士の小さな小競り合いはあったけど、そこはどの世界も同じようなものだし」
「そうか」
気になる情報はない。
だからこそ、原因が分からない事が腑に落ちなかった。
「あ、強いて言うなら、ウチが担当する以前、魔人族が住んでたみたいで、支配国家を築いていたらしいよ。だけど、多くの人族を敵に回した結果、数十年前に国が滅んで絶滅したとか……」
「魔人ねえ」
魔人族とは、生まれながらに高い戦闘能力を有した人族。
ツノを生やしていたり翼があったりと、個体によって様々ではあるが、それは他の種族と大差無い。
唯一の特徴としては、体に黒い紋様が浮き出ている者を指す。
そして、どの世界においても少数派の希少種だった。
「数少ない人種なのに勿体ないな」
「気になるって言ったらそれくらいかな。だいぶ前の話だから今回とはあまり関係ないかも知れないけど」
「いや、現地での聞き込みに役立つかも知れない。助かるよ」
言いながら、レリクは小型端末機を操作し今の会話をメモしていった。
そんな彼を見ながらクルアはニンマリと笑みを浮かべ。
「レリ君も大概お人よしだよね」
他人の事でも豆な彼に称賛を送った。
「あ? 何が?」
「別に~。ウチはレリ君のそういうとこ好きだよ。多分、シュシュ君もルーちゃんも」
そう言ってコーヒーを飲み干すと。
「それじゃあ出張頑張ってね~」
スカートから突き出る猫尻尾を手を振る動作と連動させながら、彼女は事務所へ戻っていった。
■■■
その後、集まった三人は『転送管理局』と呼ばれる場所へ足を運んだ。
ここは天界と地上界を繋ぐ空間転移ゲートが設置されている施設であり。
主に天界人はこの転送ゲートを使用して地上に降り立つ。
すると。
「皆様、本日はご利用有難うございます」
三人が転送ゲートの前で待機していると、係員の女性が最終確認にやって来た。
「一応確認しますが、転送先へ渡るとゲートは自動で閉じられます。再びゲートが開くのは只今より二日後となりますので、それまでは泣こうが喚こうが天界に戻る事が出来ませんのでご了承下さい」
と、物騒な説明をする係員。
「また、地上界へ転移した際、皆様の体は物質化します。その状態ですと死の概念が適用され、最悪死亡した場合、魂の再構築に10数年かかっちゃいますので十分お気をつけ下さいね」
利用客に転移マニュアルを言い慣れている彼女は、酷く重要なワードも笑顔でサラっと言ってのけるのだ。
「それでは皆様、ご武運をお祈りしています。良い旅を――」
若干の不安を植え付けられながらも。
手を振る係員に見送られ、三人は光の中へと消えていった。
■■■
しばらくすると視界は晴れ、開けた高原に三人は立っていた。
「山脈の……頂上付近か?」
視界が晴れているおかげで周りの景色が一望出来る。
「んん~地上に降りるの久しぶり~。へえ~結構見晴らしの良い場所じゃん」
ルディーは間延びをしながら転送された場所をキョロキョロと見渡す。
「なかなか自然が豊かね。それなりにマナも豊富だし問題なく魔法は使えそう」
エルフであるルディーは空気中に存在する魔力の源、マナを感じ取れる。
魔法スキルを扱う者にとっては生命線であり、魔法の効果はマナの量に依存する。
この世界は環境汚染も少なく、比較的マナは豊富だった。
しかし、それとは別の何かが大気中に蔓延していた。
「自然豊かなのは結構だけどさ、ここら一帯、何か妙な気配を感じないか?」
悪寒がするような、不気味な気配。
レリクはその正体を五感で感じ取っていた。
するとシュシュは膝を付き、地面に手を当て何かを探る。
「……これ、地中から吹き出ているようです」
「それって、火山地帯とかに多く見られる有毒ガス?」
ルディーの問いにシュシュは首を振る。
「いえ、それとは別の……形容しがたい何かです」
シュシュ自身上手く説明が出来ない正体不明のもの。
三人は、魔物凶暴化現象の原因はこの気配なのではと考えた。
「それじゃあこの山岳付近を調べてみるか? 長くなりそうだから、出来れば近くに町があると助かるんだけど」
「それなら大丈夫、この山を下りた先に小さな町があるから」
ルディーは小型タブレットで現在地と町の設備などを確認する。
「うん、一応宿泊施設はあるね。この大陸の通貨も両替してきたし、先に宿を取っちゃおうか」
と、旅行気分でルートを検索していると。
「っっ、ルディー先輩!」
突然シュシュがルディーの前方に立ち、腰に下げていた剣を構えた。
すると、木々の中から弓矢が真っ直ぐ射出され。
シュシュはタイミングを合わせて弓矢を剣で払った。
「ええ、敵襲?!」
混乱するルディーを庇うように壁となり、矢が飛んできた方向を見つめる。
レリクも目を細め、前方の敵襲に視線を向けると。
「ゴブリンか」
小鬼と呼ばれる、人間の子供サイズの魔物、ゴブリン。
三人はこの小柄な魔物の狩場に出くわしてしまった。
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