第25話 神の使い
……天使だ。天使が現れた。
それは比喩でもなんでもない。
彼女の背中からは、二つの翼が生えていた。
体長の七割ほどにもおよぶ、大きな翼。
胸元まで届く金色の髪に、長い白銀の衣をまとっている。
柔和な笑みを浮かべたその顔は、翼があることを抜きにしても、誰もが振り返りそうな美しい風貌だ。
私がぼうっとその姿に見とれていると、他の三人は姿勢をただし、地面に片膝をついた。
一触即発の雰囲気だったにもかかわらず、カトレアもヒルデも剣をしまっている。
あの生意気そうなオルガさえ、同様にひざまずいたまま微動だにしない。
「え、えっ?」
状況がわからず一人うろたえていると、当の天使の視線がこちらを向いた。
「うふ、こんにちは。かわいらしいお嬢さん」
小さく首をかしげて笑いかけてくる。
そんな振る舞い一つ取っても完璧で、神々しさすら感じる。冗談抜きに後光が差しているとすら思った。
理由はわからないが、他の三人がひざまずいているのも納得できる。理屈ではなく本能的に。
私はいつしか、その笑顔に釘付けになった。
見ているだけで、どうにかなってしまいそうなほどに魅力的で……。
――ドクン。
突然、全身の血が跳ねるような感覚がした。
誰かに名前をひたすら呼ばれているような、妙な胸騒ぎがする。
たてつづけに体が、ひとりでに震えだす。
それが恐怖なのか、怒りなのかはわからない。ただ、震えていることはわかる。
続けて脳裏に映像が、断続的にフラッシュバックを始めた。
辺りは焼け野原に瓦礫の山。
首をつかまれ、宙に持ち上げられた体を、何度も、何度も、貫かれる。
翼のある人間は、その顔に返り血を浴びながら、それでも笑顔で……。
<緊急行動モード移行 エーテル・ウェポンの起動>
『……私の最強の魔神器で……皆殺しにする……。私の仲間も……愛する人も……その子さえも奪った……』
頭の中に、直接声が流れる。
無機質な声と、ひどく感情のこもった声。これらが同一人物のものだと、すぐに気づいた。
<魔法エネルギー供給エラー モード強制終了>
「ちょっと、バカ!」
気がつくと私はカトレアに頭を押し下げられていた。
くらくらとしながらも、みんなと同じように膝をついて、そのまま首をうなだれる。
カトレアが改めて深く一礼した。
「セ、セラ様。申し訳ありません、無礼な真似を……」
「うふふ、かまいませんよ。ところであなたたち二人は、勇者ですね? 勇者同士の私闘は厳禁……という取り決めのはずですが」
セラと呼ばれた女性の問いかけに、オルガとカトレアがかわるがわる答える。
「そ、それは、こいつらがいきなり文句つけてきて……」
「いえ、勇者だというのに、それにふさわしくない行為をしていたため、それを正そうと……」
黙って二人の話を聞いていた彼女は笑った。
「うふふ、お互い言い分があるのね。勇者に選ばれた皆さんは、才能があって、優秀な方ばかりです。ですからお互い、いがみ合うようなことはやめてほしいのです。こんなところで勇者同士、言い合いをするよりも……より多くの魔物を倒して、人々の安全を守る。それが建設的だと思うのですがいかがでしょうか?」
セラが頬に手を当てて、思案顔になる。
それを見たカトレアとオルガはすっかり恐縮してしまう。
「は、はい。おっしゃるとおりで、言葉もありません」
「い、いやぁ、や、やっぱりオレにも、いや自分にもちょっとは非があったかなぁって……」
「じゃあ、もう大丈夫ですね? ケンカは、しませんね?」
二人がそろって首を縦に振ると、セラは笑顔でもってそれに答えた。
「では、私は少し勇者の酒場のほうに用事がありますので。みなさんごきげんよう」
セラは小さく手をふると、するすると路地の奥へと消えていった。
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