第26話 魔王の呪い

「あなた、ほんっと何にも知らないのね。今までどうやって生きてきたのか不思議でしょうがないわ」


 セラとオルガが去った後、私はカトレアに詰め寄られていた。

 かたわらには腕組みをしたヒルデが鋭く目を光らせている。


「いやだって、そんなこと言われても……」

「だってじゃないわよ、こっちが心臓に悪いわ、このっ」

 

 両頬をつねられて、そのままぐっと伸ばされる。


「うふふ、結構のびるわこれ、面白いわ、ほらほら」


 カトレアはいたずらっぽい笑みを浮かべて、私の頬をひっぱっては緩めてを繰り返す。

 ずいぶん楽しそうだけどこっちは痛い。

 そうやって人の顔で遊んだかと思えば、今度はすんすんと鼻をひくつかせはじめた。

 

「やっぱり気になるわ、この匂い……」


 急接近されて、上体がのけぞるような形になる。

 いや近い近い近い。

 私が視線で助けを求めると、ヒルデは当惑した顔で口をはさんだ。


「あの、カトレア様……」


 カトレはその声で我に返ったらしい。

 顔を赤らめながら、私から体を離してせきばらいをする。

 

「ま、まあなんにしろ、よかったわ無事で。昨日もあのあと、心配していたのよ。また厄介ごとに巻き込まれてたみたいだけど」

「うんありがとう、また助けられちゃったみたいだね」


 昨日の今日だ。ここは素直にお礼だ。

 笑いかけると、意外にもカトレアは気恥ずかしそうに視線をそむけた。むっつり顔のヒルデがかわりに答える。


「待て貴様、さっきからなぜカトレア様にタメ口なのか?」

「ヒルデ、いいのよこの子は」


 私が特別扱いされているのが気に入らないらしい。

 ヒルデは見るからにカトレアよりも年上っぽい。それがこの態度となると、カトレアって思ったより偉い人なのだろうか。


「……にしても、イリスと言ったな。神の使いに対して、立ったまま、あまつさえ睨みつけるなど言語道断だ。セラ様は寛大なお方なので問題にはならなかったが……プリズン送りになっても文句はいえんぞ」

「か、神の使い? ってどういう……」


 よほど常識外れの質問だったのか、二人は驚いたように顔を見合わせた。

 ヒルデは呆れ顔でため息を吐く。自ら説明を始めた。


「神の使いとは……神使。一部では『有翼種』と呼ばれることもあるが、文字通り神の使いのことだ。言うなれば神がこの世界に遣わしてくれた、救世主。今この世界があるのも、あの方達のおかげだ。先の魔王戦争の際、彼らが力を貸してくれなければ、おそらくこの人類は魔王……ひいては魔物との戦いに敗れ、絶滅していたとされる」

「彼ら? さっきのは女の人じゃないの?」

「彼女は女性だが、男性もいる、ということだ。現在も彼らが我々にもたらしている恩恵は計り知れない。大量に売られている便利な神器も神使によって用意されたもので……というか、なぜ私がこんなわかりきったことを説明しなければならない?」


 ヒルデは言葉を切った。

 カトレアが続けて話し始める。


「今からおよそ十五年前、魔王は一度倒されたのよ。神の使いによって神器をもたらされた人間、そしてその人間達を率いた王と勇者アレスによって」

「え、魔王は倒された?」

「そう。それで魔物はあらかたいなくなったはずなんだけれど、それでも一部の地域や、ダンジョンなんかからは魔物が一向に減る様子がないから、魔王が他にいる、もしくは復活したのでは……という話になっているの」

「それって、元から倒されてないんじゃ……」

「倒した、というのは当事者であるローラン王が言ってるんだから間違いないでしょう。なにしろアレス様は、その時魔王との戦いで相打ちになり、命を落とされたというのだから」

「それでアレスが伝説の勇者……?」

「これぐらいは、そこいらの子供でも知ってるわよ。だいたいあなた、アリスの付き人かなにかじゃないの?」

 

 どうしよう、この流れで妹です、なんて言ったらどう考えても怪しまれる。

 その場合、中身は別人で別の世界から……まで説明しないとつじつまが合わない。


 そんな話をしても信じてもらえないだろう。すでにこの時点で相当痛い子扱いされているのに。


 けれど私はすぐに名案をひらめいた。

 自分でひらめいた、というよりかは思い出したと言うほうが正しい。

 

「実は私、アリスの妹……なんだけど、魔王の呪いで、記憶があいまいというかなんというか……」

「い、妹!?」


 カトレアは目を見開いて驚いた。すぐに疑わしそうな目つきになる。

 

「いやいや待って、あのアリスに妹がいるなんて、聞いたことないわ。それに全然似てないじゃない」


 似ていないというのはごもっともだ。

 隣で聞いていたヒルデが眉をしかめる。

 

「まあ、アレス様のことですから、公になっていない子供の一人や二人いてもおかしくは……」

「腹違いの子とかってこと? たしかに謎が多い方でもあるし、私もアレス様のことはよく知っているわけじゃないし、ありえなくはないけど……」


 なんとか通りそうな様子ではあるが、どうにも歯切れが悪い。

 しまいには二人して私を見ながらひそひそとやりだした。

 

「……しかしそうなると、この話の信憑性もわからなくなってくるわね」

「……あの娘が本当にアレス様の隠し子だとしたら、これはかなり複雑な問題に……」


 カトレアが懐から取り出して、何かを確認しているようだ。冊子のたぐいを切り抜いた紙のように見える。


 あのマジックコピーという物とは少し違うようだ。

 後ろからこっそり覗き込むと、大文字の煽り文句が目に飛び込んできた。 

 

『これが七光り勇者の真実だ! 伝説の勇者(笑)の娘は、なんと王の隠し子……!?』

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