第24話 メイド騎士
――キィィン!
ヒルデの体に触れる寸前で、剣先が青く光った。
短剣は突き刺さるどころか、オルガの手を離れ地面に落ちた。
ヒルデは何事もなかったかのようにオルガに向き直る。
「貴様、正気か? ろくに魔力も通さずに」
「ま、魔力障壁……」
「展開してないとでも思ったか? まあ障壁など使わなくとも、貴様ごときにやられる謂れはないが。さて、なんにしろこれで正当防衛だな」
ヒルデが腰の剣に手をかける。
目を剥いたオルガは慌てて両手を上げた。
「ち、ちょい待った! おたく、なんか勘違いしてるぜ? そもそも、その女はレミィじゃねえし」
「ごまかそうとしてもムダだ。もう調べはついている。なら聞くが、この女は何者だ?」
「それはオレだって知らねえよ、マジで知らねえ」
「話にならんな、あくまでシラを切るつもりか。なら本人に直接聞くとするか」
彼女は改めて私の前に立ちふさがった。
背が高いのもそうだけども威圧感がすごい。
私はここぞと弁解をする。
「ち、違います、人違いです、私はイリス・リーゼルです!」
「イリスリーゼル? 知らんなそんな勇者は。おおかたその容姿で騙しているのだろうが……貴様のような輩がいるから、勇者の品位がどんどん落ちていくのだ。わかるか? 全うに勇者をやっている人間も同じ目で見られる」
「し、知らないよそんなの、そもそも私は勇者じゃないし!」
「少し痛い目を見ないとわからんか? まあ仕事柄、女をいたぶってしつけるのは得意分野ではあるが……」
えっこの人、今なんていった?
ふつう、女をいたぶるのは気が進まないとかじゃないの?
ヒルデの切れ長の瞳が怪しく光る。
正義面しているが、もしや彼女こそが最も危険な人物なのでは。
じり、と一歩詰められて、じり、と一歩後ずさる。
私は路地の壁に追い詰められていった。かかとがぶつかって下がれなくなったそのとき、さらに人影が路地に走り込んできた。
「ヒルデ、レミィのほうは逃げられたわ。そっちは……」
「カトレア様いいところに、たった今レミィを……」
ヒルデが振り返って道を開けた。
カトレア様が私の前で立ち止まる。私の顔を見るなり、腰の剣にかけていた手をおろした。目を細めながら言う。
「……イリス、あなたこんなところでなにをやってるの」
「ち、違うよ、人違いで……。この人が勝手に……」
私は困惑顔のヒルデを指差す。
当の本人はまだ状況が理解できていないようだ。
「カトレア様、これはどういう……?」
「ヒルデ、この子は違うわ。まったく、あなたもあなたでなにをやってるのよ……」
「は、はっ、申しわけ、ありません」
ヒルデは慇懃に頭を下げる。まるで別人のような態度だ。
でもこの場合謝るのは私でしょうが。
ちらりと視線を上げた彼女と目があった。やっぱり謝る気がなさそうだったので、べーと舌を出してやる。
「き、貴様!」
「ヒルデ!」
いきりたつヒルデをすぐさまカトレアが叱責する。
「は、はい。……こ、このたびは、とんだ無礼を……申し訳ない」
結局カトレアに促される形で私に謝ってきた。
それにしても立て続けに変なのに絡まれた後だと、カトレアが神にすら思えてくる。
なんにしろ、ひとまずこれで一件落着。
……かと思いきや、それまで黙って様子をうかがっていたオルガがいきなり声を荒げた。
「オイオイちょっと待て。やっぱり人違いでした、で終わりか? オレはどうなる、さんざん人を疑っといてよぉ」
「そのわりには貴様、さっき私をいきなり刺そうとしたようだが?」
「そ、そりゃあ、いわれのない疑いをかけられたら、手も出るわな」
さっきのは明らかに敵意のこもった不意打ちだった。
この男、なにかうしろめたいことがあるのだろう。きっとそのレミィという子とグルになってよからぬことをしているに違いない。
たじろいだオルガは、その矛先をカトレアに向ける。
「おいカトレア、てめえ新人勇者のくせに調子こいてんじゃねーぞ? 主席だろうがなんだろうがこっちは先輩だぞ? しっかりアイサツしろや」
「どうやら殺されたいらしいな」
ヒルデがスラリと剣を抜いた。
終始薄笑いを浮かべていたヒルデだったが、ここにきて本気の表情だ。
「ちょ待て待てって! お前に言ってねえよ! 言っとくけどすぐそこには勇者の酒場があるんだぜ? ここでオレになんかあれば、てめえらまとめてフクロだぞ?」
どこの田舎のヤンキーか。
およそ勇者の吐く言葉とは思えない。
カトレアはふっと不敵な笑みを浮かべる。
「それはそれは楽しみだこと。ぜひ先輩方のご指導を賜りたいものね」
ヒルデに続いて剣を抜くカトレア。
ヤンキーよりもお嬢様のほうがケンカっぱやい。
オルガは口では威張っているが、明らかに逃げ腰だ。
カトレアは手を出すな、と目でヒルデに合図を送る。
急に空気が張り詰めた。本当にここでおっぱじめる気なのか。
巻き添えを食わないように下がろうとすると、ゆっくりと間延びした女性の声が聞こえた。
「――あらぁ? なにか争いごとかしら?」
その場にいた全員が一斉に、声のしたほうへ振り向く。
大通り側から、一人の女性が路地をゆっくりと歩いてきた。温和そうな微笑をたたえている。
どこから、いつの間に現れたのか。
私の疑問は、彼女のその姿形を見た瞬間に吹き飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます