第7話 ずっと一緒だよ

 その後、私はアリスとともにお城の中を歩いていた。

 これから中庭で、新勇者歓迎パーティが行われるらしい。そこに参加するので付き添いできてほしい、とのことだ。


「さっきの、よかったの?」


 歩きながら私はアリスに尋ねる。

 さきほどの、エリックとの一件のことだ。


「うん。いいんだよ」


 あっけらかんとした返事が返ってきた。

 アリスは意にも介していないといった様子だ。私は先ほどのアリスの言動がどうも気になってしまう。

 

「私が言える立場じゃないけど……もう少し、マイルドな応対のほうがいいんじゃないかな」

「うーん……そう? でもああいうのははっきり言わないと、かわいそうでしょ? きっとエリックもわかってくれるよ」


 何も考えなし、というわけじゃなさそうだった。

 穏便に済めばいいんだけど……なんだか不吉な予感がする。

 

「あっ、アリスさん!」


 階段の踊り場にさしかかったところで、アリスを呼び止める声がした。

 学者っぽい身なりの青年が近づいてくる。


 こうして城内を歩いているだけで、「アリスさん握手いいですか」だの「アリスちゃん頑張ってね」だとか声をかけられる。これで三人目だ。


「……うん、うん、ありがとね!」


 アリスも愛想よく対応する。

「間近で見るとやっぱかわいいっすね」とか言われているが、このアイドルみたいな扱いはなんなんだろう。


 話が終わると、青年が手を振りながら去っていく。

 再び歩きだすと、私はアリスにたずねた。

 

「知り合いが多いんだ?」

「うん、お城の人はみんなフレンドリーなんだよね。ちょっと前までお城に住んでたし」

「ここに?」

「そうだよ。ほら、そこの部屋」


 アリスは行き止まりの通路の手前にある扉を指差した。


「服着替えて来いって怒られちゃったから、そこで一回着替えるね。あとイリスも着替えないとね」


 アリスは奇妙な模様の扉の前で立ち止まると、中央のくぼみに手を触れる。

 すると扉は自動ドアのように横にスライドした。

 思わず声が漏れる。


「すごい、これって……」

「あれ? イリスこういう扉見たことないんだっけ? 魔力に反応して開くやつ」


 なるほど魔力というやつか、便利だ。

 ていうかやっぱり魔力ってあるんだ。


 部屋の中は意外に広かった。

 お城の一室らしく、一通りの家具はそろっていて、どれも高級感漂っている。


 なにより不思議な雰囲気のある部屋だ。

 踏み入れたとたん、まるで外界から遮断されたような感覚がする。


「わたしたち、前はここに住んでたんだよ。イリスはずっと寝てたから、覚えてないかもだけど」


 アリスは大きな天蓋つきのベッドのはしに腰掛けた。

 王様でも寝てるんじゃないかと思うような、豪華なベッドだ。


「けどわたしもね、小さい時の記憶がないんだ。子どものときはもっとべつの遠いところにいたそうなんだけど、気づいたらここに住んでて……」


 アリスは珍しく真面目な顔でうつむいた。

 なにごとか考え込むように、途中で言葉をつぐんでしまう。


 かと思えば、自分の隣を手で叩いて、「おいで」という。戸惑いながらも隣に座ると、アリスはにっこりと笑った。


「でも本当によかったぁ。イリスがこうして起きてくれて。わたし、イリスと一緒にいられるだけでサイコーに幸せだよ」

 

 そう言いながらぎゅうっと私の体に抱きついてくる。

  

「イリス、ちゃんとあったかいね。……本当に本当に、よかった」


 笑みを浮かべながらも、アリスの瞳は涙でうるんでいた。

 いきなりの不意打ちに胸をえぐられる。話の背景はまったく見えていなかったが、美少女の涙は心にグッと来るものがある。


「おお、おお良かったねぇ~」ともみくちゃにしたくなる衝動にかられたが自重した。

 体を抱きとめて、頭を撫でるまでにとどめる。


「これからも、ずっと一緒だよ?」


 手を握られて、まっすぐに見つめられる。

 今度はグサっと胸を貫かれたような衝撃がはしる。


 ……え、今のって告白? 

 いやいや、違う違うそういうんじゃない。一回冷静になれ。

 

 私は彼女の妹であるイリスではない。

 中身はまったく別の人間だ。

 

 けれどどういうわけか、アリスは本当に私を妹だと思い込んでいるようだ。

 口調でも何でも普通ならすぐにバレそうなものだけど……。やはりこの子、ちょっとどこか抜けているのかもしれない。

 

 正直、迷っている。

 心の底からうれしそうな彼女を見て、それをぶち壊すような発言をするのかと。

 

 とはいえ、アリスが気づくのも時間の問題だろう。

 今ごまかしたところで、後で余計に悲しませることになる。


 私は意を決して、口を開いた。

 

「あ、あの、私……」

「よーし、じゃ早いとこ着替えよっか!」


 しかし思いっきりかぶせられた。

 アリスはベッドを立ち上がると、衣装ダンスに駆け寄った。中を開けて、あれこれと吟味しだす。


「これどうかなぁ。ん~これもいいなぁ~」


 急に楽しそうでどうも調子が狂う。

 私も立ち上がってタンスに近づいた。


 途中で壁際の大きな鏡に目が留まって、立ち止まる。

 ……うおびっくりしたあ。どこの天使かと思った。


 まだこの自分の姿に慣れない。

 ポーズを取って鏡に流し目を送ってみる。

 おお、こういう顔もできるんだ。なんだかゾクゾクしてきた。


「……なにしてるの?」

 

 アリスが不思議そうな顔で私の横顔をのぞいてきた。

 見られた。めっちゃ恥ずい。


「じゃあ、はい。イリスはこれ」

 

 アリスが胸元で広げてみせたのは真っ白なワンピースだ。その上にピンク色の小さいケープを添える。

 ワンピースはいいとしても、全体的にフリル多めの裾がひらひらだ。私からするともはやコスプレである。

 

「こ、これ着るの……?」

「うふふ、似合うよ」

「私そっちがいい」


 私はかたわらの椅子の背もたれにかけられた服を指さした。

 黒を基調としたワンピースに、暗い紫のケープ。アリスが自分用に用意したものだ。

 

 白とかピンクよりはまだ落ち着いている。若干ゴスロリ風なのが気にかかるが、そっちのほうが目立たない。


 服を押し返そうとすると、アリスがムッとした顔をする。

 

「なんで。こっちのほうがかわいいでしょ? せっかくイリスに選んだのに」

「明るいのはアリスのほうが似合うよ。陽キャなんだから」

「ヨウ……何? てかアリス、じゃなくてお姉ちゃんでしょ」

「お姉ちゃんだったら妹に譲ってよ」


 謎の取り合いになる。

 ふたりとも背丈も体型もほとんど一緒だ。どっちがどっちということもなく、二人で着回せる。

 しばらく睨み合ったあと、


「まったくしょうがないなぁイリスはぁ~」


 アリスはやれやれ、と大げさに肩をすくめてみせた。けれどお姉ちゃん面できてうれしそうだ。

 わがままを言った手前、ちょっとはのせてあげることにする。


「お姉ちゃん、ありがとっ」


 にっこり笑顔を作ると、アリスは私を見て固まった。

 その瞳がゆっくりと見開かれていく。

 

「か、か……」

「……か?」

「かわいいっ! イリスかわいいいいいっ!」

 

 タックルぎみに抱きつかれ、頬ずり。


 試しにやってみただけなのだが意外にチョロい……いやチョロすぎる。

 けれどかくいう私も、イリスみたいな妹がいてこんなふうにされたら悲鳴を上げて悶絶してしまうかもしれない。


「かわいいなぁイリスは! もうもうもう!」

「く、苦しい……」


 なんてやってる場合じゃない。

 本当は妹なんかじゃないって言わないといけないのに、私は何をやってるんだ。


 かわいがりならぬ絞め技をくらいながら、鏡に写った自分たちに目がいく。

 顔を寄せ合った二人の美少女。


 いい。とてもいい。

 もしカメラがあったらシャッターきりまくりの保存保存永久保存ですよ。

 

 でもこれ、片方は私なんだよな……。

 改めて現実味がないというか、実感がまだわかない。

 

 けど姉妹というわりには、ふたりともあんまり似てない……?

 元気系なアリスと、クール系なイリス。

 背格好こそ同じくらいだけど、正反対って感じがする。


 そしてそれは、中身だってそう。

 本当のイリスが、どんななのかは知らないけど……。

 

「あ、あのっ、私!」

「どうしたの?」


 今ならノリで言えそうな気がする。

 と切り出したはいいものの、私の真剣そうな声音を感じ取ってか、アリスはすぐに心配そうな顔をした。

 

 あっ、やっぱダメだこの感じ。 

 そんな目で私を見ないで。


「えっと、はやく、着替えないと……」

「そうだね、じゃあお姉ちゃんが着替えさせてあげるからね~? ほらイリスばんざいして。ばんざーい」

「いえ結構。自分で着替えます」

「またまた恥ずかしがっちゃって~」

 

 チキンですみません。

 でもやっぱりどこかで、はやめに話をしないとなぁ。

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