第6話 勇者エリック
「きゃーエリック様よ~!!」
「勇者エリックだ!」
謎の歓声が聞こえてきた。
人ごみをわけて、マントを身にまとった長身の男性が悠然と歩いてくる。
男はそのままアリスとカトレアの間に割って入った。
「二人ともよしなさい。みっともないよ、こんなところで」
彼が微笑を作ると、背後で女性の黄色い声が上がる。
現れたのはまたも絵に書いたような優男。イケメン勇者だ。
やや長めのブロンドの髪に、涼しげな目元。
堂々とした立ち振る舞いは、相当腕も立ちそうだ。
「あ、エリックだ」
「みっともないのはこの女でしょうに。あなたもそう思うでしょエリック」
三人とも顔見知りらしい。
カトレアに詰められても、イケメン勇者はあくまで余裕の笑みを崩さない。
「そう悪し様に言うもんじゃないよカトレア。そんな怖い顔して、せっかくの美しい顔が台無しだ」
「ふん、あなたはいつもそればっかりよね」
口では不満そうだが、カトレアの怒りは収まったようだ。
彼のおかげで険悪ムードはひとまず去った。
「ねえエリック、わたしカトレアにすごい嫌われてるみたいなんだけど。初対面なのに」
かと思いきやアリスが余計な一言。
エリックは苦笑しながら、反論しかけたカトレアを手で制する。
「アリス、キミはもうちょっと自分の立場を自覚したほうがいい。最近、勇者制度は欠陥だらけ、なんてよく取りざたされてるだろう? 選定の基準が曖昧で、不透明すぎるって」
うんうん、とカトレアがエリックの話にしきりにうなづく。
「背後で怪しい金の動きがあるのでは、なんて疑いをもたれていることもあるわけだし……」
エリックが意味ありげに目配せをすると、カトレアの表情が曇る。
「言いがかりをつける気かしら? わがレインフォール家がまるで財力に物を言わせたかのように」
「誰もそんなことは言ってないよ。キミの実力に関しては、僕も保証するところだ。そうそう、この前のキミのエグザムソードの結果を見たよ。まさか総魔力量が十万超えとはね、驚いたよ」
ふふん、とカトレアが胸を張る。忙しい人だ。
エリックはアリスに向き直った。
「なにはともあれ、アリスもおめでとう。これで晴れて勇者の仲間入りだね」
「うん、ありがとー」
「まあこれからが大変だけどね。僕もまだまだわからないことが多いし。……ところで、考えてくれたかい? 僕のパーティに入らないかって話」
発言が聞こえたのか、周りの取り巻きがざわつきはじめる。
「僕と一緒なら、きっとアリスも成長すると思う。僕が全力でサポートするよ。そうすればみんなに文句を言わせないようになれるさ」
「なにを突然バカなことを……! それ、本気なの?」
カトレアが口を挟んだ。
まさに周りの声を代弁しているかのようだった。
「……ふむ。仕方ない、正直に言おう。僕はねアリス。ただキミと一緒にいたいんだ。キミが成長して、勇者になるのをずっと待っていたんだよ」
突然の告白に、あちこちで甲高い悲鳴が上がる。
カトレアはぽかんと口を開けて固まってしまった。
……なんか、スゴイなこの人。いきなり公衆の面前で。
たしかにアリスはかわいいし、見てくれだけなら十分つりあいは取れている。
ただ肝心の中身はというと……。
「ふーん、そうだったんだ。でも、わたしはいいや」
アリスはあっさりと言い放った。
拍子抜けする軽い口調に、思わずずっこけそうになる。
微笑を浮かべていたイケメン勇者の顔色がここにきて曇った。
「それは……どうして?」
「だってわたしには、イリスがいるからね」
げっ、と口から声が出そうになる。
アリスの視線が私を向いて、立て続けに一同の注目が集まる。
「ええと、そちらの彼女は……?」
エリックという勇者は、まるで今初めて私の存在に気づいたようだった。
その他一般人は眼中にないって感じか。
一回り高い位置にある顔と目が合う。
正面から見ても紛うことなき美青年だ。
こんな風に見つめられたら、たいていの女の子はイチコロだろう。
けど私、イケメンはちょっと……なんかこう、いや~な記憶が。
物心ついたときから太っていた私は、異性からはそれ相応の扱いを受けてきた。詳しくはお察ししてください。
けれど彼のリアクションは、今まで私が受けてきたそれとは違った。
「なんて可憐な……素晴らしい。思わず見とれてしまったよ。どうかな、キミもぜひ僕のパーティに」
「えっ、それって誰でもいいやつでは?」
思わずツッコんでしまった。
エリックは歯を見せて笑う。
「はは、失礼失礼。今のは冗談だけど……。アリスがそこまで入れ込むということは、キミも相当な使い手なのかな?」
んーどうなんだろう。
異世界転生にありがちなすごいスキルとか、チート能力とか……今のところなんもなさそう。
体感ではずいぶん身軽にはなったけど、武器とかを握って戦ったりできるかと言うと疑問。あくまで非力な女の子であることにかわりはない。
「いえ全然私は、そういうんじゃないです」
「そうなのかい? まあ僕でよければ、いろいろと教えてあげることはできるけど」
「真面目そうに見えてチャラそうな人はちょっと……」
「え?」
これはきっと見るからに……よりもたちの悪いやつ。
目を丸くしたエリックに向かってアリスが続ける。
「ていうか、イリスは戦ったりとかしないから。だからエリックのパーティには入らないよ」
「戦ったりしない……?」
エリックが眉をひそめた。
「……イリス。ちょっと、いいかな。手を」
手を差し出して、握手を求めてくる。
嫌デス。と拒否も考えたけど、そういうノリは通じなさそうなほどに彼の表情は険しくなっていた。
仕方なく右手を差し出す。
エリックは両手で包み込むようにして手を握ってきた。
「……まったく魔力を感じられない。マーナ、か……」
エリックは小さくつぶやいた。かすかに残っていた笑みも消えた。
握るときは丁寧に取った手を、ぱっと乱暴に放した。もはや触れるのすら嫌とばかりに。
それきり私とはいっさい目が合わなくなった。
エリックはアリスに向き直ると、まっすぐ顔を見すえて、もう一度念を押す。
「アリス、もう一度聞くよ。本当に、いいんだね?」
「いいよ」
威圧感たっぷりの声だったが、アリスは即答した。
一瞬の、冷たい沈黙。
それを取り繕うように、エリックは口の端を持ち上げる。
「残念だよアリス。まあ、これ以上引き止めはしないよ。僕よりそこの彼女を選ぶ理由はさっぱりわからないけども……」
エリックは手を広げて大げさな身振りをした。
皮肉の混じった、嘲笑にも近い笑みを浮かべている。
「……さて、もう用もないし、帰るとするか。やることが山積みだからね……。アリス、お父上の名を汚さないよう、せいぜい頑張るんだね」
エリックはマントを翻して踵を返す。
そしてすれちがいざま。
ほんのわずか一瞬、彼の瞳が私の目を射抜いた。
とたんに頭にうずいて、視界が揺らいだ。
彼の腕の先端は、鋭利な刃物のように尖っていた。まるで内蔵をさらけ出したような、赤黒く不気味な色をしていた。
足元にはいくつもの生首が転がっていた。
その中に、見覚えがあるような顔があった。アリスやカトレアによく似た……私の、イリスのものらしき顔も見つけた。
つい目を背けると、視界が元に戻った。
広場の群衆を中を、エリックが一人背を向けて歩いていく。
……なんだろう、今の?
私は遠ざかっていく彼の後ろ姿をしばらく見つめていた。
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