第5話 七光りのアリス
「いったいどういうつもりなの? さっきのあいさつは!」
激しい剣幕でアリスに食ってかかるのは、両サイドに縦ロールの髪をこしらえたいかにもお嬢様風の少女だった。
アリスはちらりと彼女を一瞥すると、何事もなかったかのように話に戻る。
「この指輪があるとね……」
「ちょっと! 露骨に無視するんじゃないわよ!」
「この人、イリスの知り合い?」
「いや、どう考えても違いますよね」
彼女に肩を掴まれているのはアリスだ。
アリスは観念したのか、キリっと顔を作った。派手な髪をした少女に向き直る。
「言っとくけど、このドレスは返さないよ」
「違うわよ、なによそれ。それはどこからか盗んできたの? ……じゃなくて! あなた、ふざけるのもたいがいにしなさいよ!」
よくよく見れば、先ほどの勇者式で見かけた顔だ。
アリスほどではないが派手な見た目だった。身につけているもの全てに高級感が漂っている。
まとっているマントにも豪華な文様が施され、耳元できらめくイヤリングも主張が激しい。
そして何より金色がかった巻き髪にはインパクトがある。
見るからにちょっと性格がキツそうだけど、顔のパーツはきれいに整っていて文句なしの美人だ。
アリスがいなければ、注目を集めていたのはこの子だったのかも。
女勇者はアリスに向かって目を吊り上げる。
「あなたのせいで、そのあとのあいさつが全部おかしな空気になったじゃないの。まったく、トリを務める私の身にもなってみなさいよ!」
「えっと、その前に……どこの、どなた?」
「今年の主席勇者のカトレア・レインフォールよ! いくら疎くても、レインフォールの名は知ってるでしょう!?」
「そうなんだ? わたしはアリス。よろしくねカトレア。えっと、カトちゃんって呼んでもいいかな?」
「そうなんだじゃないわよ、ちゃんと私の話を聞いてるの? あとその呼び方はなにかすごく嫌な響きがするからやめてちょうだい」
「う~ん、カトちゃんがダメってなると……。成金ツインドリル……?」
「だ、誰が成金ですって!? 伝統あるわが家の名を侮辱するつもり!?」
アリスは涼しい顔で相手をヒートアップさせていく。
いつの間にか二人を取り囲むように野次馬が集まってきてしまった。
それを気にしてか、カトレアと名乗った子は急に芝居がかった口調になる。
「アリス……そう、アリスってあなたよね? 七光りのアリス……あなたこそ、立派な通り名があるじゃない。アリスといえば、あの伝説の勇者アレスの娘で有名だものね」
黙って聞いていたアリスが私を振り返ってくる。
「ねえイリス、わたし七光りって呼ばれてるんだって。なんかカッコよくない?」
「ええっと、この場合あまりいい意味じゃないと思うけど……」
伝説の勇者の娘、というのは初耳だ。
本人は気にしているんだかなんだかよくわからないけど、陰でいろいろ言われているようだ。
「ちょっと、そっちのあなた。さっきからなに?」
「えっ、私?」
カトレアの鋭い視線が私に向いた。
「あなたもそんな薄着で外をうろつくなんて、恥ずかしくないのかしら。さすがアリスの付き人ね、非常識だわ」
付き人になったつもりはないけど、服装に関してはおっしゃるとおりではある。
ネグリジェのような薄手のワンピース一枚。アリスに無理やり引っ張っぱられてきたからこんなことになっている。
カトレアはまるで品定めをするように私の体に視線を走らせる。
思ったより近い。近いぞ。
怒っていてちょっと怖いけども、この子も改めて、ハッとするような美少女だ。
やはりこの世界、女子のレベル高い。
ついつい見とれていると、カトレアは鼻を鳴らした。
「不気味なぐらいきめ細かい肌ね。まるで人形のようだわ。その髪も地毛のようだし……アリスの付き人にしてはしっかりケアをしているようだけど」
何か気に入らないようだが褒められている? のだろうか。
カトレアは急に鼻をひくつかせる。
「あなた、たしかイリスと言ったわね。どんなコロンを使っているのかしら?」
「コロン?」
「それかなにかの神器かしら? 嗅いだことのないような匂いがするものだから」
この体から、なにか変わった匂いがしているのだろうか。自分ではわからない。
けれどカトレアがなんらかの香水をつけていることはわかる。私の嗅覚がおかしいわけじゃないみたいだけど。
返答に窮していると、アリスがいきなり横から抱きついてきた。
「わっ、ちょ、ちょっと!」
「イリスはいつもいい匂いだよ! ねー!」
アリスは匂いをかぎながら犬のように鼻を押し付けてくる。張り手で顔を押しのけていると、カトレアが顔を赤くした。
「な、なにやってるのよ公衆の面前で! まったく破廉恥な!」
「おや? カトレアはうらやましいのかなー?」
「とっ、とにかく! 私はあなたみたいに、親の後ろ盾で勇者になったような輩は許せないのよ!」
カトレアが声を荒らげる。さらに火に油を注いでしまったようだ。
そのとき広場の別の一角から、どよめきが上がった。
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