第4話 アリス様
私は思わず「ぶふーっ!」と吹きだした。
アリスは一人だけライブのMC……いやアイドルの挨拶みたいなことをやりだした。
いやいやなにしてんのあの子……。
なぜか見ているこっちが恥ずかしくなってきた。私はこっそり周りの反応をうかがう。
「あれが噂のアリスか……」「大丈夫なのかあれは……」「きゃーアリスちゃんかわいいー!」「なんだよあの格好……」「もうこの国も終わりか……」「アリスゥゥーーー!!」
リアクションは様々だった。場のカオスっぷりに頭が混乱してきた。
「あれぇ~? なんかみんな元気ないなぁ。そんなんじゃ魔物に負けちゃうぞー!?」
おかまいなしにアリスはさらに続ける。
なんだろう、この周回遅れの地下アイドル感は……。
「みんなもっともりあがってこー! ほらー、そんなちっちゃい声じゃ聞こえないよー!」
違うこれはあれだ、ヒーローショーのお姉さんだ。
アリスの煽りに応えるように、「アリスゥー!!」「キャー! アリスちゃーん!!」「アリス様ぁー!」などなど甲高い叫びが上がる。
数こそ少ないが、結構なレベルに仕上がっているようだ。熱狂的な信者がいるらしい。
かたや苦い顔、渋い顔、苦言を呈するもの多数。
いい意味でも悪い意味でも、アリスは有名人らしい。
「イリスー? 見てるー!? お姉ちゃんだよー!」
画面の向こうでアリスは手を振っている。
私は頭を抱えて顔を隠した。
巻き込むのはやめてくれぇ……。
「ありがとー!! 魔物なんてわたしがちょちょいのちょいでやっつけてやるからねー! みんな応援してねー!!」
一部の人たちが謎に盛り上がっている。
察するに一般には腫れ物扱いされているが、一定の濃いファンがいる……といった感じだろうか。なんだか炎上系のインフルエンサーを連想してしまう。
「おぉう、期待してんぞアリスー!!」
私のすぐ下から大音声が響いた。
いやお前もかい!
体が揺れてあやうく振り落とされそうになった。踏みとどまる。
アリスは笑顔で大きく手を振りながら、壇上から降りていった。まばらに拍手が上がっている。いまのでとりあえず挨拶は終わりらしい。
「あー笑った……。さて、悪りぃな嬢ちゃん。オレはこれから店の準備があるからよ。ここにいる連中がなだれ込んで来るだろうし、早めに切り上げなきゃいかなくてな」
言いながら大男はゆっくりと腰を下ろした。
私は肩から降りて、地面に立つ。
「ありがとう」
「おう、ごった返しに巻き込まれないように気をつけろよ。今のうちに隅にはけといたほうがいいかもな」
男は私の頭を軽く撫でると、大股に広場を去っていった。空いたスペースがすぐに詰められて埋まる。
今度こそ映像も見えなくなってしまった。
私はアドバイス通りに、広場の端に移動をはじめた。体は小柄なので、人の隙間を抜けるのはたやすい。
そのあいだも、まだ他の勇者の挨拶は続いているようだった。アリスのあとにやらされるのは、かなりやりにくいだろう。いろんな意味で。
式が終わると、観客の大移動が始まった。
私は広場の壁ぎわでひたすら人が掃けるのを待つ。
どの道アリスが迎えに来ないことには、何をどうすればいいのかもわからないのだ。
そして待つことしばらく。
集まっていた人の半分以上はいなくなった。いくつかの集団が残って世間話をしている。まだまだ人の数は多い。
「イリスー! どこー!?」
どこからかアリスの声が聞こえた。
イリス、と呼ばれて反応するのも変な感じだけど、そんなことも言っていられない。
アリスの姿はすぐに見つかった。相変わらずの目立つドレス姿だ。
手を振ると、アリスもこちらに気づいて駆けつけてきた。
「イリスお待たせ。どうだった? わたしのあいさつ」
「う、うん、なんていうか……すごいね」
「でしょでしょ?」
どう、と言われても返答に困る。
まだ興奮冷めやらぬのか、アリスの声は大きい。ちょっと周りの視線が気になってしまう。なんだか注目を浴びているような気がする。
「ねえみてみてー、ひのきの棒とナイフ」
「なにそれ……?」
「もらった宝箱に入ってた」
棒きれと小型のナイフを見せつけてくる。
謎の組み合わせだが、アリスはうれしそうだ。
その棒きれはRPGにありがちな変なお約束を感じてしまう。
「勇者ならもっといいのくれればいいのにね」
「でもこのナイフとか、魔石はまってるよ」
「魔石?」
聞き慣れないワードに首を傾げる。
アリスの手にしたナイフの柄の部分には、小さな青い石がはまっていた。
「あとこれ、勇者の証。ブレイブリング」
アリスは得意げに手を開いて見せてきた。指には指輪がはまっている。
「それは?」
「勇者になったらみんなはめてもらうやつ」
「へえ、それって……」
「ちょっと、あなた!」
そのとき唐突に横から鋭い声が飛んできた。
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