第3話 勇者式

 私は見知らぬ場所に一人、取り残されてしまった。

 それにしてもアリスの勢いというか、エネルギーはすごい。もし学校の同じクラスとかにいたら、まず関わらないタイプだろうなぁ。

 

 などと考えながら、あたりを見回してみる。

 周囲はすごい熱気だ。人でいっぱいだった。


 村人Aみたいないかにもモブ風の人もいれば、鎧をまとった戦士みたいなのもいる。


 圧巻だ。すさまじくハイレベルなコスプレ会場のようなもの。

 個人的には魔法でも使いそうなローブ姿のお姉さんを見るとテンション上がる。

 

 みんな空中の映像を熱心に見上げていた。けど正直よくわからない式典より、こっちのほうが見ててずっと面白い。


 誰かとしゃべってみようかな……?


 私は自分から知らない人に話しかけることはほとんどしない。

 私みたいな子豚ちゃんに話しかけられても、べつにうれしくないだろうなって。

 

 けれど今は違う。

 私のことは誰も知らない人ばかり。外見だって全くの別人だ。

 例えるなら遠くまで旅行に来たときみたいな……それとはちょっと違うか。


 とにかく、私はこの世界で心身ともに生まれ変わるんだ。

 そして陰から美少女ウォッチングしてにまにま……じゃなくて、できればたくさんかわいい子とお近づきになって仲良くなりたい。

 そのための第一歩として、引っ込み思案の人見知りを克服する。

 

 いざ声をかけようとして、あっちこっち目移りする。

 西洋風の顔立ちが多い。右を見ても左を見てもイケメン、美女。

 みんな顔面偏差値が高い。


 露出度高めのキメキメお姉さんはちょっとハードル高い。

 なんかこう、うまいこと友だちになれそうな同い年ぐらいの子はいないかな。

 あたりを物色していると、目線の高さの近い位置で目があった。


 ブロンズの髪をうしろで結んでいる。ポニテ少女だ。

 はやくもよさげなターゲットを発見。おそらく年はアリスと同じぐらいだろう。


「あん? 何見てんだよ」

 

 少女は私に向かって眉をひそめてきた。低い声。いきなり喧嘩腰だ。

 よくよく見ると、ちょっとツリ目の気の強そうな子だ。


 どうしよう。かわいいけど、ちょっとヤンキー入ってる感じ? 

 同じクラスだったら絶対いじめられるやつ。


 転生前の私なら、「す、すいません……」と早口でうつむいて逃げていたところだ。


 けれど今の私は、金髪碧眼美少女イリスちゃんだ。

 なんて自分で言ってて恥ずかしいけど、ここは愛嬌だ。笑顔でごまかそう。あんまり得意じゃないけど。

 

「え、えへっ、こんにちは……」

「むっ……」

 

 ポニテ少女は少したじろいだ。

 いいぞ、効いてる。やはり笑顔は正義。


「ふんっ」


 ふいとそっぽを向かれた。

 もしかして、ぶりっ子みたいに思われたかも。


「そんなカッコで、一人できょろきょろしてさー。変なのもいるから気をつけなよ」


 そんなカッコとは、薄衣一枚に生足、サンダルみたいな履物だ。寝起きのまま連れてこられたのだから仕方ない。


 彼女は軽く私の肩に手を触れると、そのまますれ違っていった。

 ちょっと口は悪いけど実は優しいタイプかもしれない。


 人混みをウロウロしていると、急にまわりでブーイングが上がりはじめた。

 みんな映像を見てなにやら怒っているようだ。

 

 見上げると、美少年の姿はなくなっていた。かわりに身なりのよさそうなおじさんが、長々と話をしている。

 

「んー見えないなぁ……」


 周りの背が高くてよく見えない。いや私が低いのか。

 小さく飛び跳ねてみる。するととつぜん目の前に立っていた岩のような巨体が、私を振り返った。


「なんだ嬢ちゃん、オレがでかくて邪魔だってのか?」


 いかつい大男が腰をかがめて目の前で凄んできた。

 頬に切り傷、左目に黒い眼帯。日に焼けた肌。盛り上がった筋肉。

 

 背丈はひとまわりもふたまわりも大きい。

 体重はゆうに私の三倍はありそうだ。


 絶対肩書に~賊ってつくタイプの人だ。

 これもう人殺してるやつでは?


「い、いえ、そんなめっそうもない……」


 あとずさりにながら弁解する。超小声。 

 すかさず大木のような腕が伸びてきて、私の二の腕をつかんだ。

 

 えっ、これ……もしかしてやばいやつ?

  





「ほら、これなら見えるだろ」


 私は大男によって小さな子供みたいに肩車されていた。

 周りより頭一つ高くなって、あたりを見渡せる。見えるは見えるけど、さらしものになっているようで少し気恥ずかしい。


「あのぅ……ありがとうございます」

「いいよいいよ。せっかくここまで来たのに見れねえのはかわいそうだ」


 男は豪快に笑った。声がお腹に響く。

 私はこっそり安堵のため息をもらした。

 見た目にそぐわず普通にいい人だった。

 

 まあそこまでして見たかった、というわけではないのだけど、ここは無邪気にうれしがる姿を見せていく。


「わぁすごーい、勇者がいっぱいだぁ~……」


 自分で言ってて意味がわからない。

 あの玉座の前で偉そうな人の話を聞いているのがみんな新入社員……ではなく、勇者らしい。

 下で大男が唸る。


「いっぱい、というか、まぁ今年も例年通りだな」

「例年って、いつもあんなに?」

「学園の成績優秀者が選ばれるって、表向きはな。けど、実際その評価基準もよくわからん。まあ神の使い様の小間使いとしては、優秀なんだろうが」


 やっぱり私のイメージしていた勇者とはだいぶ様子が違うみたいだ。そもそもそんな何人もいるのがおかしい。

 肝心の勇者式はというと、おじさんの長い演説が終わり、勇者の挨拶に移っていた。


 一人ずつかわるがわる壇上に上がり、名乗りをして一言述べる。さながら選手宣誓のようだ。

 そのほとんどが、命を懸けて国のため民のためわが命を捧げます、というような、いかにも形式ばった文言だった。


 中には緊張で声が震えたり、裏返ったりしているものもいる。一字一句間違えるのも許されないような、妙な緊張感。


 しばらくあいさつを眺めていたが、四人目にさしかかったあたりで飽きてきた。

 全然知らない人ばかりだし、自己紹介も半分意味不明でつまらない。


 私を乗せている男の人も、軽く耳の穴をほじったりと退屈そうだ。私は気になったことを尋ねてみる。


「あの画面って……なんですか?」

「あれはマジックビジョンの超巨大版だな。ここ数十年で、ああいうよくわからんシロモンが増えた」


 案の定持て余していたらしく、男はひとりでに話をはじめた。


「神の使いのもたらした宝だなんて言われて、『神器』なんつってごたいそうな名前で呼ばれてるが、仕組みも解明されてねぇし、はっきりいって不気味だよな。便利っちゃ便利だが、オレはどうも好かねえ」


 説明されてもよくわからなかった。

 私の感覚でパッと例えるなら、ライブモニターだ。


 けれど配線があって電気が、なんてこともなく、映像だけが空に浮いている。かなりのオーバーテクノロジーのようだ。

 水晶とかに映像を映す、とかはファンタジーでよくあるけど……あれはどうなんだろう。


 そのとき私ははっと気づいた。

 いつの間にか、画面の中に一人増えている。

 あの人目を引くドレスは……アリスだ。


 本人はこっそり加わったつもりか知らないがバレバレだった。格好が格好だけに一人だけ浮いている。


 言うなれば、みんながスーツのところに一人だけTシャツ短パンで行くようなものだ。

 いや、これもうその通りウエディングドレスを着ていくようなものか。

 

 観客たちもそれに気づいたのか、どよめきがあちこちで上がり始める。

 騒然とした空気の中、アリスが壇上に登った。

 

「おっ、きたきた」


 大男が待ってましたと声を上げる。

 もしかしてアリスの知り合いなのか。どういうつながりで……。

 

「みんな~元気~!? 今日は集まってくれてありがとー!!」

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