第8話 新勇者歓迎パーティ
着替えを終えて、今度こそお城の中庭へ。
すでにパーティは始まっているようだった。
庭には一面テーブルが並べられていた。お皿に盛られた料理がところせましと乗っている。
みんなテーブルのかたわらに立ちながら談笑していた。
立食パーティというやつだ。
ざっと見渡すだけでも、十、二十……と人でいっぱいだ。
給仕さんも含めるともっとか。
「ちょっと、アリスさん!」
庭に入るやいなや、強い語気で呼び止められた。
身なりのいい初老のおじさんがまっすぐアリスに近づいてくる。
どこかで見覚えのある顔だ。
たしか勇者式のときに、長い演説をかましていたおじさんだ。
結構偉いポストにいる人なのだろう。すぐそばに従者のような若者を従えている。
おじさんはいきなりアリスに食ってかかった。
「あなた、何かにつけて毎回遅刻してくるのは、なにか訴えたいことでもあるのでしょうか?」
「あ~、ごめんなさい、ちょっと着替えてて……」
アリスがばつの悪そうな顔をする。
この人苦手です、というのがもろに顔に出ていた。
「まったく……。さっきも散々言いましたが、勇者式にあんな格好でやってくるなんて、非常識極まりない。これはもう歴史に残る暴挙です」
「でも、あのぅ……服装は自由って書いてあって……」
「自由って書いてあったからといって、なぜあんな派手なドレスを着ていいと思ったのでしょうか? 理解に苦しみますね」
ドレスに関しては擁護不能だけどアリスの言い分もわかる。
ならちゃんと服装書いとけと思う。
「ところで着替えてきたのはいいですが、その格好もどうかと思いますよ。まるでどこぞの色街の娘とでも言わんばかりの……」
まだまだお説教は続くようだ。
アリスは先生に怒られる生徒のように小さい返事を繰り返している。
部外者の私が口を挟める雰囲気じゃない。
それよりも……と、私は会場を見渡す。
ここには先ほどの式で勇者になった者たちと、主にその身内が集まっているようだ。
中にはさっきのお嬢様少女……カトレアの姿もあった。
非常に身なりのいい男性と一緒にいる。おそらく父親かなにかだろうか。
なんとなく眺めていると一瞬、カトレアと目が合った。ふいっとわかりやすく顔をそむけられる。アリスのついでに嫌われたか。
とまあ、今はそんなことはどうでもよかった。
それよりも今は……。
みんなおしゃべりに夢中で、テーブルの上の料理はあまり手を付けられていなかった。
あくまで社交の場、といった感じらしい。
そんな中、私の目は鋭く獲物を捉えていた。
大皿に乗った巨大なチキン。マンガ肉みたいな骨付き肉。
深皿にいっぱいの入ったスープ。ひたして食べてくださいを言わんばかりのバゲット。謎フルーツの盛り合わせ。
異世界にやってきてこのかた、何も口に入れていない。
空腹でどうしようもない、というわけではないけども、料理を見た途端に食欲が湧いてきた。
ふらふらと体が近くのテーブルに吸い寄せられる。
誰に何を言われるでもなかったけども……私は勇者の身内だ。妹だ。食べてもいいはず。
私は誰もいないテーブルの傍らに立つと、何食わぬ顔で串に刺さった肉の塊に手を伸ばした。
串ごと口に運んで、豪快に肉を噛みちぎる。
「うんまっ……」
つい声が出てしまう。
なんの肉かはわからないが、とんでもない肉汁の量だ。塩加減のきいたシンプルな味付けが旨味をひきたたせる。
気づけば一串、また一串と口に運んでいた。
眠りかけていた闘争本能が呼び起こされる。
一心不乱に肉をむさぼっていると、グラスをお盆に乗せた男性が近づいてきた。
「お飲み物はいかがですか?」
「いただきます」
「ありがとうございます。ええと、こちらが宮廷でお出ししているオルランド・ティー、こちらがエブラサスの実を潰して混ぜたジュース……」
「全部ください」
もらっとけもらっとけ。
食えるときに食えの精神はここでも生きていた。
もらったグラスを口に傾ける。なんだかわからないけど、紅茶っぽい感じでうめえ。このドロドロした方はもろにオレンジジュースだ。イケる。
飲み物を流し込むと、豪華な大皿に乗っている巨大なチキンに取り掛かった。
まだ誰も手を付けていない。もったいない。
ナイフを入れ、部位ごとひきちぎって小皿に分ける。
細かく切るのも面倒になったので、豪快にそのままかぶりつく。うーん我ながらワイルド。
おい待てお前……異世界でも豚になるつもりか?
なんていう心配はナンセンスだ。
なにせ今後いつ飯にありつけるかわからない状況なのだ。
それにこんなにやせてるし……ちょっとぐらいならいいよね。
――ガリッ。
「ん?」
今なんか口の中でゴリっていった。骨かなにかかな?
肉と一緒になにか硬いものを噛んでしまったみたいだ。そういう処理とか甘いのは仕方ないか。気にせず次に取り掛かる。
<マスターレベル上昇 「大食」獲得>
「いや誰が大食いよ」
ツッコミながら振り向く。
てっきりアリスが後ろから茶化してきたのかと思ったが、誰もいない。
今のはなんだ?
女の人? っぽい声が聞こえたような……空耳か。
「おおぅ、キミかわいいねえ~? どこの何者? 名前は?」
声に振り向くと、今度こそ人が立っていた。
サラサラの茶髪キノコヘアーの男性だ。
ややラフに着崩した服の上に、立派なマントを羽織っている。
口元をにやつかせながら、私に無遠慮な視線を送ってくる。
「あ、わかった。カトレアのとこのメイドでしょ? あそこのメイドマジレベル高いからなぁ~」
もぐもぐが忙しくて口がきけないでいると、彼は一人で勝手に納得している。 なんか面倒そうなのに絡まれたかもしれない。
「そんな身構えないでよ~。俺はライナス。まあ今日から勇者ライナスだけど。あ、知ってたか俺のこと」
ライナスは勇者、をことさらに強調して言った。
なんていうか、見るからにチャラそうだ。ここの勇者ってこんなのばっかなのか。
「え、ていうかめっちゃ食うじゃん。ねえ聞いてる? 俺の話」
「ちょっと、食べてる、途中で……」
「言ってるそばから新しく手に取ってるし」
ちっ、うるせーな。
食事(闘争)を邪魔されるとキレそうになるんだよね。
……じゃないじゃない。
今の私はそういうんじゃない。金髪碧眼美少女イリスちゃんだ。
これでも勇者で偉い? みたいだし、ここはそれっぽくあしらっておいたほうがいいか。
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