第11話 精神的出血
少年はドアから片目だけ出して、渡り廊下の奥まで覗き込む。渡り廊下の明かりは消えていて、奥どころか手前すらよく見えない。
「何にも見えないよ」
「足音と話し声。こっちに向かってくる」
少年は目を閉じて、耳に意識を集めるが人の出す音を拾うことはなかった。
「何にも聞こえないけどなあ。んっ?」
少年にも何か音が聞こえ始め、耳をよく澄ませる。渡り廊下に敷かれた、木の板が踏まれて軋む音。
少年は再び渡り廊下を覗き込と、見覚えのある人物が視界に入る。渡り廊下を歩いていたのは、雪の少年と鑑定の少女だった。
「あっ!」
思わず声を上げた少年は、咄嗟に口を手で塞ぐ。
「知り合い?」
焦る少年を余所に、向かって来ている人間が自分たちの脅威でないと、既に把握した盲目の男は聞く。
「うん」
こちらに歩いて来る2人に、少年は小声の中で1番の大声で呼び掛ける。
「おーい」
少年はドアから体を出して、2人の前に姿を見せる。少年の姿を見て、雪の少年と花の少女はひどく驚いた表情を浮かべる。
「おわっ!?え!お前!今までどこにいたんだよ!?心配してたんだぞ!?」
雪の少年はグイグイと少年に近づいて行き、肩を掴んで揺さぶりながら問い掛ける。
「ごめんごめん。何か、僕のギフトがやばいっぽくて、牢屋に入れられてた」
「はぁ!?やばいギフトってどんなだよ?」
「いや、それが何回聞いても教えてもらえなくてさ」
「ふーん。で、隣の人は誰?」
雪の少年の視線が、盲目の男にゆっくりと寄っていく。少年も視線を横に向けるが、盲目の男は何も話さない。
「あー、お迎えの人」
「お迎え?」
「うん。これから外に帰るんだ」
少年にそう告げられた、雪の少年はピンと来ないような、何も理解したくないような、そんな表情を浮かべる。
「外って、この施設の外?車とか走ってて、お金で物を買ったりしてる外?」
「そう。その外。何なら一緒に来る?2人がいると楽しいし」
「ちょっと。流石に無理だよ」
横で話を聞いていた、盲目の男が会話に割り込む。
「いや、冗談冗談。はは」
冗談と誤魔化したが、2人を外に連れ出したいのは、紛れもなく少年の本心だった。
牢屋にいる間に聞いた、ここは人殺しを作る為の施設だと。いずれ2人が順当に施設から出るなら、それは犯罪者たちを殺す仕事としてだろう。2人には人を殺してほしくない。例えそれが罪を犯した悪人だとしても。
少年は自分が人を、初めて殺した時のことを思い出す。最悪の気分だった。2人にはそんな気分を、味わって欲しくない。
でも、殺すのが悪人の場合はどうなるのだろう。少年は考えた。案外スッキリするのかもしれない。その気分の違いは、自分が悪人を殺す時が来るまで分からない。
寄り道した悩み事は一旦忘れる。この施設の本当の目的、それを2人に伝えるべきなのか、少年は悩む。考える少年の視界に、小刻みに震える鑑定の少女が映る。
先程から一言も話さずに、雪の少年の一歩後ろに立っていた、鑑定の少女は泣いていた。鑑定の少女の体は、嗚咽を堪えて震えている。
久しぶりに見る鑑定の少女の涙に、2人は狼狽える。
「大丈夫?」
少年は鑑定の少女に近づいて、目線を合わせて声を掛ける。
「ううん。だってさ、みんないなくなっちゃうんだもん」
この発言に少年は固まる。みんなとは、少年が殺した2人も含まれているのだろう。あの日から、今日まで付き纏っていた、罪悪感がより強くはっきりと見える。
少年は自分が、彼女に涙を流させる理由の、一部であることを自覚する。少年は、夜でよかったと心の底から思う。顔がハッキリと見えないから。
「泣かないでよ。生きてる限り、いつかきっと出会えるからさ」
自分の吐いた言葉に虫唾が走る。2人の人間を、二度と出会えない状態にしておいて、何を言っているんだとバカらしくなる。
「そうだ!」
少年はそう呟いて、背中のリュックを下ろして、ファスナーの持ち手に付いているキーホルダーを外す。
「これあげるよ」
「何?これ」
鑑定の少女は涙を拭う手を休めて、少年の差し出すキーホルダーを受け取る。鑑定の少女は手に乗せたキーホルダーを、涙で潤う目で見つめる。
「僕が好きだった『ガムポン』ってアニメのキャラ!こいつすごいかっこいい奴なんだよ!外に出る時はこのキーホルダー付けてよ!このキーホルダーを目印に君を探すからさ。外に出るまでに無くさないでね!」
「うん!ありがとう!」
鑑定の少女は涙を流したまま、とびきりの笑顔を見せる。
それを見ていた雪の少年が、冗談混じりの不満な顔と声で言った。
「俺には何かないの?」
「そうだなぁ。外で会ったら、本物の雪で雪合戦やろう。お前の作った雪だと、ズルされるからさ」
「はっ!バカだなぁ。本物の雪でも、俺は操れるよ」
「確かに。そうだった!」
2人は顔を見合わせて、大口を開けて笑う。当分は聞けない笑い声を耳に押し込み、当分は見れない笑顔を目に焼き付ける。
「そろそろ良いかな?急がないと、約束の時間が来る」
盲目の男は、少年の肩に軽く触ってドアを超えて、渡り廊下の向こうへ歩く。
「あっ、うん。分かった」
遠ざかっていく盲目の男の背中を見ながら、何か目の前の2人と話す話題がないかと、頭の中で必死に探す。
「そういえば、何で2人は外歩いてたの?」
「デカい音のサイレンに起こされたんだよ。それで、何かあったのかと思って見に来ただけ」
「そ、そっか」
無理やり引き伸ばそうとした会話は、すぐに幕を閉じる。
「じゃあ、行くよ。2人とも元気でね」
雪の少年と鑑定の少女は、少年に笑顔を向けて手を振る。この笑顔が苦し紛れだったら嬉しいなと、そんなことを考えながら少年は、2人の思い出の通過点を超える。少年は振り返ることが出来ず、その場から足早に立ち去り、夜の闇に消える。
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