第10話 サヨナラから脱走

 「おじさん!」


 少年は靴も履かずに、興奮気味に裸足で駆け寄り檻を両手で掴んで、盲目の男に視線を送る。


 「おじさんかぁ、そうだね。もう俺もそんな歳だなぁ。俺のこと覚えてるんだね。手間が省けて助かるよ」


 「助けに来てくれたんでしょ!?」


 「うん。約束したからね。5年も経っちゃったけど」


 そう言って、盲目の男は右手に持つ銃を構える。


 「ちょっと、端っこに寄っててくれる?」


 「うん!」


 少年はベッドの下に置いてある靴を持って、檻の隅に移動する。


 「もういいよ!」


 「了解。ありがとう!」


 盲目の男は、檻の鍵穴に向かって発泡する。2、3発弾丸を撃ち込んでから、盲目の男は扉に強烈な蹴りを入れる。扉が外れる程の勢いで開く。


 「おお!久しぶりに出れた!ありがと!」


 「どういたしまして」


 「さっき一緒にいた人って誰?一瞬でいなくなった」


 「君のお父さんだよ」


 「あれ僕の父さんだったの!?顔見れなかったなぁ」


 「君のお父さんのギフトは、瞬間移動だからね。君のお兄ちゃんの所に向かったんだ。因みに、お姉ちゃんの所には、もう1人の仲間が向かったから大丈夫だよ」


 「お兄ちゃんとお姉ちゃん!?久しぶりに会えるの!?」


 「ここから無事に出れたらね。さあ、行こうか」


 出口に体を向ける盲目の男を、少年は呼び止める。どうしても、目に入り込んで来てしまう、景色があったからだ。


 「ねえ、あの人って死んでるの?」


 少年が目を向ける先には、檻の中で倒れ込んだ女の姿がある。倒れる女の周りには、夥しい量の血が蠢いている。血はジワジワと、檻の外へ向かって這いずる。


 「彼女を撃ったのは、君のお父さんだから。まあ、死んでるだろうね。顔見知りだった?」


 「...いや、全然」


 少年は血を流している女から、逃げるように目線を外す。


 「なら、良かった」


 呆然と立ち尽くす少年に、盲目の男は微笑む。


 「こっちは生きてるよ。虫の息だけど」


 盲目の男が指を指す先には、少年に悲劇をもたらした、傷の男が死に迫られていた。

 まさしく虫の息という言葉が、ピッタリの状況だ。傷の男は血だまりに浸かって、虚な目で天井を見上げる。黒目が動くことはなく、僅かに開いた細い口から、息を吸って吐いている。


 傷の男が、自分の父親に殺されなくて良かった。少年はそう思っていた。この男は自分の父親に、家族を殺されたと話した。

 普通なら、信じるべきは自分の父親。こんな男の言うことは信用しない。しかし、父親との思い出がない少年には、そんな常識は身に付いていない。

 

 「でも、やっぱり殺しておこうかな。生かしとくと、君のお父さんの負担になるからね」


 盲目の男は、銃を握る手に力をこめて、瀕死の傷の男に銃口を向ける。盲目の男の表情は、冷え込んでいた。先程から少年に向けていた、暖かさはどこにもない。


 「え?ちょ、ちょっと待ってよ。...この人知り合いだから、とどめ刺すのは辞めてほしいかも。目の前で知ってる人死ぬのって、気分悪いからさ」


 少年の呼び掛けに応じて、盲目の男はすぐに銃を下す。


 「そっか。君は優しいね。なら、やめとこうか。どうせ、身動きひとつ取れないだろうし、久しぶりの痛みに悶える余裕もないらしい」


 盲目の男の表情に、再び暖かさが戻る。


 「じゃあ、行こうか」


 牢屋の出口に向かって、盲目の男は歩き出す。少年は自分の行動と言動を理解出来ず、粘ついた血が絡まった足を動かす。


 「何でこんな静かなの?」


 「ん?」


 牢屋を抜け出した2人は、奇妙なほど静かな廊下を歩く。


 「だって、あんなにデカい音でサイレン鳴ったら、僕の監視してた2人以外も出てくるはずじゃない?」


 「さあ?でもラッキーだよ。今のうちに、ささっと逃げちゃおう」


 「走らなくていいの?こんな呑気に歩いてるけど」


 「大丈夫。静かに確実に行こう」


 窓から入り込んだ月明かりが、廊下を歩く2人を照らす。


 「そういえばさ、おじさんは目見えないんだよね?」


 「そうだよ」


 「物にぶつかったりしないの?何も見えてないとは思えないくらい、スタスタ歩いてるけど」


 「目が死んだ途端に、他の五感が頑張り屋さんになったんだよ。今は四感しかないけどね」


 「そんなことあるの?」


 半信半疑に答えた少年の目に、最後に授業を受けた教室が見えてくる。

 

 「あっ、ちょっとこの教室入ってもいい?忘れ物が」


 「いいよ。なるべく早くね。ここで待ってるから」


 少年は音を出さないように、慎重にドアを開けて教室に入る。自分の使用している、ロッカーに入っているリュックを持ち出し、廊下に戻る。


 「何持って来たの?」


 「ここに連れて来られた時に、ウキウキで持って来たリュック。コイツも一緒に帰らないと」


 言いながら、少年はリュックを背負う。2人は再び歩き出して、宿舎に繋がる渡り廊下に到着する。


 「ここから外に出れるよ」


 久しぶりの屋外にテンションの上がった少年の歩みを、盲目の男は止める。


 「止まって。誰か来てる。正面から2人かな」


 2人は閉まっている、片方のドアに身を隠す。

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