第3話 落ちこぼれ

 今日もまた、一部の子どもには縁のない授業が始まる。少年にとっても暇な時間。

 外に取り残された周りの子どもたちは、運動場を駆け回って遊び始める。そんな中、うずくまって肩を震わせながら、泣いている少女がいた。


 「また泣いてるの?」


 少年は、少女の隣に座り込む。声を掛けられた少女はうずくまったまま答える。


 「涙は毒だからいいんだよ。どんどん泣いて、体の外に出さないといけないから」


 「へぇ〜」


 それだけの返事をして、少年はグラウンドを駆け回る、他の子どもたちをぼーっと眺める。


 「だって、もう7歳になったのに、まだギフトが発現しないから。他のみんなは、もう発現してるのに」


 少女は頭を上げて、鼻水と涙に染まった顔で言う。彼女は喜怒哀楽が激しい。嬉しい時はひたすら笑って、哀しい時はひたすら泣く。


 ギフトとは遥か昔に、隕石が地球に贈ったとされている謎のエネルギー。そのエネルギーが、人にもたらした奇跡。空を飛んだり、壁を走ったり、ギフトは人の数だけ存在する。

 一般的には、5歳から10歳の間に発現すると言われている。一応、全ての人間に宿っているが、5歳から10歳の間に引き出せる人間は少ない。


 「別にそんな気にしなくても、大丈夫じゃない?あと3年もあるんだし」


 「君は、お母さんとお父さんに会ったことがあるから、そんなことが言えるんだよ。私も、外の世界に出て、お母さんとお父さんに会いたい」


 少女は鼻を啜って、涙を拭いながら話す。


 この施設では、子どもたちが授業や訓練で挫けると、大人たちは決まって「ここで頑張ればお父さんとあ母さんに会える」と声掛けをして、両親の存在を出しに使う。それは少年にとっては、どこか気持ちの悪いものに見えた。


 少年は他の子どもたちも、外の世界から自分と同じように連れて来られたと思っていた。しかし、それは違った。他の子どもは最初からここにいたと、皆口を揃えて言う。親にも会ったことはないし、外の世界を見たこともないようだった。


 「それっ!!」


 掛け声と共に、座っている2人の頭に雪玉が命中する。


 「うわっ」


 2人が振り返ると、ニヤついた少年が立っていた。今の雪玉は彼のギフト。彼のギフトは雪を降らせたり、自由自在に操ると言うものだ。


 「もう終わったの?」


 振り返った少年は、頭に乗った雪をはらいながら雪の少年に尋ねる。


 「おう!今日はなんか早く終わった!遊ぼうぜ!」


 隣に座る少女は、近くに落ちている石を掴んで立ち上がり、雪の少年に思い切り投げつける。


 「わっ!バカッ!!」


 雪の少年は、投げられた石を顔面ギリギリでキャッチする。


 「何すんだ!?危ねぇだろ!」


 「先に投げたのそっちでしょ!!」


 「俺が投げたのは雪玉だよ!石は危ないだろ!」


 少女と雪の少年は睨み合う。その2人を仲裁するために、駆け寄って来る少女がいた。彼女は2人の間に立って、落ち着くように促す。


 「まあまあ、喧嘩しないで」


 彼女にそう言われた2人は、お互いに自分が悪くないと言わんばかりの顔付きで、そっぽを向く。


 「はい。お花あげる」


 少女はこちらに来て、両手から花を取り出す。

 

 「わぁ。綺麗!」


 「でしょ?ツツジって花だよ。赤くて可愛いでしょ?この前、本で見つけたの」


 彼女のギフトは花を作り出す。花を作るには、その花について詳しく知っている必要があるようで、よく図書館にこもって花の図鑑を見ている。面倒見が良く、年下に懐かれている。


 「また髪の色変えてげあげようか?」


 「いいの!?やったー!」


 花の少女にそう言われた少女は、飛び跳ねて喜ぶ。


 「何色がいい?」


 「黄色!」


 2人の会話を退屈そうに眺めている雪の少年に、声を掛ける者がいた。


 「お前、何その雪玉?中に石入れるとか、危な過ぎるだろ。人殺す気?」


 「これを何にも包まずに、投げてきた奴がいるんだよ」


 そう言いながら、雪の少年は雪玉を握り潰して、手の中に残る石を地面に落とす。雪の少年の雪玉の中に、石があることを見抜いた少年もギフトが発現している。ギフトは透視。

 物を透かして中を見ることが出来る。透視の少年はしっかりもので、同い年の子どもたちの中でリーダー的な存在だ。


 「ふ〜ん」


 透視の少年の目には、雪の少年に石を投げつけた少女がバッチリと映る。


 「じゃあ、やるよ?」


 「うん!」


 花の少女が、大人しく座る少女の頭に触れる。すると、少女の頭に黄色の花が生える。花の少女は一度手を離す。そして、少女の頭に生えた花に触れる。すると花は、見る見ると萎んで枯れる。花が枯れて、少女の頭から消え去る。その色だけを残して。


 「うん!綺麗に出来た!」


 「ありがとう!」


 少女は黄色に染まった自分の髪の毛を見て、満足そうに目を輝かせる。その少女の表情を、リセットする笑い声が聞こえてくる。


 「あはは!似合ってねぇ!」


 雪の少年が、少女の頭を指差してケタケタと笑う。


 「はぁ!?」


 再び少女は付近の石を持ち上げる。


 「石持つなって!やるなら雪玉な!おい!こっち来んな!」


 少女は石を持って、逃げる雪の少年を追い掛ける。2人は叫びながら、運動場に消えていく。


 「相変わらず仲良しだね。あの2人」


 「仲良し?」


 和かに笑いながら言う花の少女に、少年は疑問を覚える。


 「ああ言うのを、喧嘩するほど仲が良いって言うんだよ。本で見た」

 

 透視の少年が、こちらに向かって歩きながら言う。


 「ねえねえ、また外の話聞かせてよ」


 「あっ、俺も聞きたい!」


 目を輝かせる2人は、少年を挟むように座る。


 「ええ。また?もう話すことないよ?大体、そんなに外のこと覚えてないし」


 少年にとって外で過ごした5年間より、ここで過ごした2年間の方が、記憶の容量を上回っていた。


 「んー、じゃあ、お金の話ね。日本で使われてるお金は円じゃん?」


 「うん。この前習ったよ」


 「で、10円玉ってのがあったでしょ?」


 「茶色い奴ね」


 「穴空いてる奴だっけ?」


 「それは5円だよ」


 うろ覚えの透視の少年に、花の少女が訂正する。


 「実はあれの縁が、ギザギザのがあるんだよ。ギザ10なんて言ったりするんだけど」


 「すご。そんなのあるんだ。俺外に出たらまずは、ギザ10探すわ」


 「私も〜」


 「いや、そんな大したもんじゃないよ?分かんないけど」


 「これでまた、外に出た時にやることが増えたな」


 透視の少年は、両手の指を使って数える。


 「2人は外に出て何をしたいの?」


 少年は2人に問う。他の子どもたちも、外の世界には興味を持っている。その中でも、この2人はずば抜けて強い興味を持っている。少年はそう感じていた。


 「私はお花畑見てみたいな。外にはすごーい広くて、たくさんの種類の花が咲いてる場所があるの。あと、お花屋さんも見てみたい。花がたくさん売ってるんだって」


 「俺は、地平線を見てみたいな。車にも乗ってみたい。めっちゃ速いんでしょ?」


 花の少女と透視の少年は、目を輝かせて自身の夢を語る。


 「いつになったら出られるんだろうね」


 3人の髪を揺らす風が吹く。外を旅して来たこの風でも、その答えは知らない。 

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