第2話 命の優先順位
少年が連れて来られたのは、とある施設。施設では5歳から9歳の子どもたちが、生活をしていた。
少年がここに来てから2年が経過した。施設で暮らす子どもたちは、全員外の世界のことを知らない。だから、少年が外の世界から来たと知った時は、周りに子どもが集まり質問攻めにあっていた。ただ、物珍しいのも最初だけ。2年経った今では、すっかり周りに溶け込んでいた。
この施設は、帰ることが許されない学校のようだった。年季が入って、薄汚れた学舎に宿舎。子どもが駆け回るのにら十分な広さの運動場。それら全てを取り囲む壁。その壁に沿って植えられた、壁の身長の半分にも満たない木。
ここでは、普通の学校と同じように授業がある。しかし、大半の時間はクズハキとしてのイロハを叩き込まれる。クズハキとはダストを駆除する者たちのことだ。
ダストとは、隕石と共に地球にやって来る謎の生命体。ダストは、最初に見た地球の生物の形に姿を変える。擬態しているつもりなのかは判明していないが、体の色が真っ白なため、見ればすぐにダストだと分かる。
施設の子どもたちは全員、クズハキになるために育て上げられる。いずれクズハキとして外へ出るため、授業では外の世界のことについて学んだり、一般常識を教え込まれる。
ただ、不自然な授業もある。その授業では、人体の欠陥や弱点などを、ひたすらに覚えさせられる。今も運動場では、クズハキなら争う必要のない、人間相手の訓練が行われていた。
「痛ってぇ!」
少年は倒れ込んで頬を抑える。足をバタバタさせて、体をうねらせて痛みを紛らわす。
「もう!顔面は禁止なんじゃないの!?」
少年の視線の先には、倒れ込む少年を見下すように男が立っていた。男の顔には、頬を斜めに横切る傷跡がある。この傷跡を見ると、いかにクズハキが危険な仕事なのかが分かる。
傷の男は、地面で痛みに悶える少年を見て、ため息をつく。
「俺とやる時は顔面ありだ。そんなことでいちいち文句を言うな」
「なんかさー、僕にだけ厳しくない?もしかして嫌われてる?」
言いながら少年は立ち上がって、背中や足に付いた土を払い落とす。
「ああ、嫌いだな。お前も、お前の父親も」
傷の男は、ため息をつくように言葉を吐く。
「父さん?おっさん、僕の父さんのこと知ってんの?」
自分の父親を知っている人間を見つけて、少年の心は踊り出す。
「知ってるよ。少なくともお前よりはな。お前、自分の父親の職業は知っているのか?」
「...クズハキでしょ?」
「知ってるのか」
「まあね!で、何でおっさんは僕の父さんのこと嫌いなの?」
「それはお前の父親に、俺の家族が全員殺されたからだ」
「え」
突然の話に、少年は目を丸くする。
「お前の父親はクズハキとして優秀な男だ。他のクズハキの何倍もダストを駆除してきた。ただ、それ以上に人を殺してきた」
「僕の父さんが人殺しだって?」
少年は否定出来ない。父親のことを全くと言っていいほど、知らないからだ。
少年の問いかけに、傷の男は鼻で笑う。
「そうだ。お前の父親は幼い頃に両親を失ったらしい。しばらく孤児院に居たそうだが、退屈に耐えかねたのか抜け出した。孤児院を抜け出した後は、しばらくふらついてから、ギフトを悪用する犯罪集団に属した。そこで人を殺してきた。それがお前の父親だ」
よく知らない父親の話を聞けて嬉しいはずなのに、少年は黙って男の次の言葉を待つしかなかった。
「でも、お前の父親には感謝もしてるんだ。家族を失ったことは、クズハキとして活きている。クズハキとして生きていくうえで、仲間の死を避けることは出来ない。一番大切な家族の命を失った俺は、誰の命が失われようと受け入れることが出来る」
そうやって語る男は嫌味でもなく、本当に感謝をしているようだった。
「現場では一瞬の躊躇い、戸惑いが死に直結する。仲間が倒れても、悲しんでる暇なんかないからな。お前も命の優先順位をハッキリさせとけよ」
「ああ、うん」
少年の中に疑問が浮かぶ。その疑問をこの男にさらけ出すべきなのか、分からなかった。それでも、心のモヤモヤを解消するため、少年は疑問をさらけ出す。
「おっさんは僕を殺したいと思わないの?自分の家族を殺した奴に復習するなら、そいつの家族を殺すのが一番じゃん?」
「...まだ、足りないな」
男の回答は、少年の疑問を晴らすには足りなかった。少年の中に残るモヤモヤを打ち砕くように、訓練終了の合図の鐘が鳴る。
「次はギフトの授業だ!対象者だけ学舎に戻れ!それ以外の者は、今日の訓練は終了だ!」
他の指導員が声を上げると、子ども達は学舎へ歩き出す。学舎に戻る子どもたちが、立ち止まっている少年を横切る。少年は自分を取り囲む壁を見て、先ほど傷の男に言われたことを考える。
「...命の優先順位か。早く兄ちゃんと姉ちゃんに会いたいな。ばあちゃんにも」
少年は空を見上げて呟く。
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