星の散り方と生まれ方

ちゃもちょあちゃ

第1話 父親

 光に照らされたほこりが、フワフワと宙を舞う。少年は薄汚い牢屋のベッドで、大の字に広がっていた。壁にある鉄格子の窓から、光が差し込む。周りの牢屋には誰も居らず、少年が1人ぽつりと存在していた。


 少年は自分が何故こんなところにいるのか、理解していなかった。

 両親は仕事で多忙のため、少年は山奥の祖母の家で兄と姉と暮らしていた。両親と会う機会はほとんどなかったが、兄と姉がいるため、少年は寂しさを感じることなく育って来た。

 そんなある日、祖母の家に黒いスーツを着た男たちが来た。祖母と男たちは少し話した後、少年とその兄と姉は男たちの車に乗せられた。

 5歳の少年は状況を理解出来ず、どこかに出掛けるのかとワクワクしていた。

 少年の気持ちとは正反対に、神妙な面持ちをする祖母に笑顔で手を振っていた。しかし、実際着いた場所はこの牢屋。

 ウキウキしながら、色々詰め込んだリュックサックも、取り上げられてしまった。


 外から入ってくる光の強さが増す。少年はここに来てから経過した3日間で、窓から入り込んでくる光の強さで時間を測るようになっていた。 

 この明るさは、昼ごはんが運ばれて来る時間。もうすぐ向こうの扉が開いて、誰かが昼ご飯を運んで来る。


 少年の予想通り、ガゴンと重い扉が開く鈍い音が聞こえる。こちらに向かってくる足音に、少年は体をベッドから起こして靴を履いて座る。

 今日の昼ごはんは何かと考えながら、少年が鉄格子の外を見ると、見慣れない姿の男がやって来た。長髪で白いスーツを着た男は、少年の前にしゃがむ。


 「おじさん誰?」


 少年は鉄格子の前に張り付いて尋ねる。


 「おじさん!?おじさんかぁ。お兄さんはね!君のお父さんの友達だよ!」


 長髪の男は誰が見ても明らかな、子どもと話す用の声と言葉遣い。


 「友達!?お父さんの!?」


 父親の話題を出された少年は、興味津々に聞き返す。


 「うん。そうだよ。君のお父さんには随分とお世話になっててね。仕事でも何回か助けられたよ」


 「仕事?お父さんって何の仕事してるの?」


 「んー、"クズハキ"って分かるかなぁ?"ダスト"って悪者を退治する立派な仕事なんだけど」


 「どっちも知ってるよ!テレビで見た!ダストは危ないって、お婆ちゃんが言ってたよ!白い奴でしょ?」


 「そうそう!物知りだね」


 男にそう言われて、少年は「へへっ」と照れ笑いをする。その声を聞いて、男は話の話題を切り替える。


 「君には、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるんだってね」


 「そう!お兄ちゃんとお姉ちゃんはどこ?会えないの?」


 「うーん。そうだねぇ。すぐには会えないけど、2人とも元気にしてるから大丈夫だよ」


 「そっかぁ。すぐには会えないのかぁ。でも元気なら良かった!」


 少年はホッと胸を撫で下ろす。兄弟の安否を確認出来て安心したのか、少年は不満な表情を見せて言う。


 「ところで僕は、いつここから出られるの?もう飽きたよ。出たいんだけど。走りたいし」


 「ふふっ。檻からはもうすぐ出られるよ」


 「本当!?」


 「うん。いつか塀からも出してあげるからね」


 少年は塀に疑問を持つ。しかし、次の瞬間にはその疑問は取り上げられる。再び扉が鈍い音を上げる。


 「貴様!ここで何をしている!?」


 扉が閉まると同時に、怒鳴り声が牢屋に響き渡る。その怒号は、少年の前にしゃがむ長髪の男に向けられたものだった。

 長髪の男は立ち上がり、怒号の元に顔を向ける。怒号を上げた男は驚愕して、手に持つ料理を乗せたトレーを床に置き、すぐに敬礼をした。


 「もっ、申し訳ありません。こんなところにいらしたとは」


 「いえいえ。それがアナタのお仕事ですから。何も問題ありませんよ。私こそ勝手にうろついてしまって申し訳ない」


 長髪の男はそう言ってから、少年に手を振り向こうへ歩き出す。


 「あっ、おじさん。ちょっと待ってよ。何でずっと目瞑ってるの?」


 少年は最初に気になったことを思い出して、最後に知りたいと思った。


 「...仕事でちょっとね。君の顔、見られなくて残念だよ。...じゃあ、またね」


 長髪の男は目の周りを指でクルクルさせた後、再び少年に手を振って立ち去る。


 「あの少年、檻は流石に可哀想じゃないですかね?一応人質ですよ?それもあの男の息子です」


 長髪の男は、扉の前に立つ男に言う。


 「...はい。今日にも牢屋からは出す予定です」


 「そうなんですね。それは良かった」


 長髪の男は影のある笑顔で微笑む。


 「一等星シリウス。犯罪者として一等星に認定された男。今はもう違いますが、そんな男の子どもたちを乱雑に扱えば、どうなるかお分かりですよね?」


 「それは承知しております。ただ、ここでは他の子どもたちと同じように扱います。特別扱いはしません」


 「マイナス方向への特別扱いさえなければ良いでしょう。彼が"ギフト"を使えばすぐに奪え返せると言うのに。今も、彼の子どもたちが我々の手の内にあるのは、彼の意思に過ぎません」


 「お言葉ですが、それはあり得ないと思いますよ。シリウスでも、3人全員を奪い去ることは不可能です」


 「それは何故です?何か対策でも」


 長髪の男から、ぶっこいていた余裕が剥がれ落ちる。


 「はい。シリウスの子どもたちは接触させず、常に3人バラバラで生活をしてもらいます。もちろん、3人全員に監視を付けます。その上で、シリウスがギフトを使って、子どもたちとの接触が確認された場合は、残り2人の子どもは直ちにその場で処理します。それが上からの命令です」


 「...そうですか。それはなかなか」


 長髪の男は腕を組んで、右手で顎を撫でる。


 「ではシリウスの対策方法も聞けたことですし、私は他の施設を見て来ますね。邪魔をしましたね」 


 「お勤めご苦労様です」


 長髪の男は扉から出て、苦い顔をして舌打ちを鳴らし歩き出す。


 男は床に置いたトレーを持ち上げて、少年の元まで歩く。


 「ねえねえ。さっき何の話してたの?」


 「お前には関係のない話」


 「ふーん。今日の昼ごはん何?」


 「カレー。だけど冷めたから温め直してくる。少し待ってろ」


 「カレー!?やったーー!!」


 少年は呑気にベッドの上で飛び跳ねる。

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