第10話 人間の意地

闘技場に訪れる静謐が物語るフィクションのような本当の戦闘。それは人間が神の腕を斬り落としたという事実に、誰もが驚愕する。


日本専用観戦室

「信じられませんわ!?」

ミヅハノメが驚きの声を上げて、宇迦之御魂うかのみたまに視線を送る。彼女は冷静に今起こったことを整理する。

(マルドゥクの洪水はアプスーのエヌマエリシュも吞み込んで、アプスーも呑み込んだ。その威力もこれで証明された)

「水を司る女神としてマルドゥクの洪水は水神きっての権能ですわ。たかが人間が全て防いで、神の腕を斬るなどあってはならないことだわ!」

きゃんきゃんと涙目で訴えかけるミヅハノメをガン無視でぶつぶつと手がかりを話す。

「洪水、人間、武器、魔法使いの最高峰座天使ソロネ級魔法使い…なるほどなぁ」

宇迦之御魂は点と点が結んですっきりするが、ミヅハノメは疑問符を浮かべる。


マルドゥクの腕を斬った木聯は気絶したアプスーに目を向ける。今すぐにでも助けたいが、その気持ちをグッと堪えてマルドゥクに向き直る。

「そこの司会の話きいとらんかったんか?うちは魔法界の最高峰座天使ソロネ級魔法使いや。それになるには条件が必要やけどな」

「へぇ~、条件ねぇ?」

「うちの話は後や。それよりもあんさんの弱点の答え合わせしたいなぁ」

木聯の言葉にマルドゥクはぴくりと眉をしかめる。

「あんさんはある条件を満たせば治癒の権能が発動するって言うたよな?その条件は”不可視の鏡”が壊されないこと」

木聯の核心を突いた回答にその場にいたカオスを始めとした高位の神々は待ち望んでいた答えに納得する。


ギリシャ専用観戦室

「”不可視の鏡”ってマルドゥク様が鏡の権能を使うときにあるっていう…」

ペルセポネが彼の言葉での疑問を代弁する。それにアテナが答えてくれる。

「”不可視の鏡”は見えないだけよ。マルドゥクはとは言ったけど、とは言っていないわ」

アテナに続いて、クロノスが語る。

「”不可視の鏡”の破壊、これは難しいぞ。なんたって鏡が見えないのに、鏡があると想像して壊さねばならないからな」

「そんなことできるのですか?」

「できないよ。だからマルドゥクがメソポタミアの序列1位なんだ。僕もこれに気づくのに一日かけたし、攻略自体も1週間かけたもん」

「しかし御父様が苦戦なさったことを、あの人間…木聯は一瞬で見破りました。そして味方の神であるアプスーの弱点も秒で見抜き、その弱点が埋まるような補助を行っていました。ほんとうに素晴らしい」

アテナは木聯の素晴らしさを讃える。なにせ、他人を知り、他人に合わせるといった行為はそう簡単にできる代物ではないからだ。


「で、あんさんの弱点はや」

これ以上の弱点を見破られてマルドゥクのみならず、メソポタミアの神々は目を大きく開く。

「最大の武器である洪水はすべてを飲み干す。それは自分自身でさえも」

木聯の指摘にマルドゥクは一瞬固まるが、笑って答える。

「正解。そうだ、オレ様はしばらく権能を使えない。だからなんだ?オレ様にはまだ”これ”がある」

そう言ってマルドゥクは拳を見せる。フォーセリアは少し呆れ、木聯はその通りやなと納得する。

座天使ソロネ級魔法使いの条件、それは新たな魔法の開発や。そしてうちのお得意は”拳”や」

そう言って木聯は渾身の一撃をマルドゥクに放つ。それは人間が放つには異質で、人間が出せる限界を優に超えていた。その拳を受けたマルドゥクは軽く後ろに吹き飛ばされる。舌打ちをして加勢するフォーセリアが両剣を覆いかぶさるように斬撃を放つ。

「十徳武器魔法煙水晶の直刀。武器魔法創始者木聯参る」

木聯は直刀を携えて、フォーセリアを受け止める。二つの刃がギリギリと音を立てて火花を散らし、その威力を物語っている。

(俺の神器を受け止めた?そんな芸当…)

フォーセリア自身も驚く。彼に加勢してマルドゥクが隙を狙うが、これも対処されてしまった。


日本専用観戦室

「魔法だ」

「え?」

宇迦之御魂うかのみたまの発現にミヅハノメが耳を疑う。

「人類の文明の一つ”魔法”。その魔法界の最高峰の魔法使いともなれば、切り札金のリンゴを持っていても持っていてもさしも不思議じゃない」

「それがあの人間とどう繋がるのよ。神を葬るには神器でなければ不可能よ!」

「それだ」

彼女の発言に乗っかり説明をする。

「魔法は創造、こうしたいっていう希望を現実にする技術だ。そして神を葬るには神器が必要。その希望を、あの人間は実現させたんだ」


「神器の生成、いや、お前自身が神器か!?」

マルドゥクが木聯の策謀に気づく。身を犠牲にする行為に鳥肌が立つ。

「魔法は何でも実現できる。望む限り!」

「長くはもたない!」

「持たせる必要どうこう関係ないわ。依頼引き受けた以上、うちは達成する戦うまでや」

木聯がそう言うと、彼の背後に何丁もの多きさの異なる銃が出現して、発砲する。隙間を縫うように避けようにも、蜘蛛の糸のように絡まりつくように銃弾はフォーセリアのみならず、マルドゥクにも着弾する。そして宙だけでなく、地面からは万針の罠が出現する他、木聯自身がハンマーで頭上から殴る。

(多彩な武器を活用した騙し討ち、そして数の暴力。だけど武器の精度自体は大気に振動するほどの威力がある。操作に多少のズレはあるけど、それを差し引いてもお釣りがくる。でも…)

武器の猛攻に怯んでいるが、フォーセリアはその対価について知っていた。それを察した時に、木聯がカハッ!と吐血した。だが武器の精度、威力は衰えていない。

(神器の生成には想像を絶する体力と痛み、気力が必要だ。それをこの短時間で、既に千を越える武器を造っている。俺たちが防御に徹せざるをえないくらいの物量は木聯の命を蝕んでいるはずだ)

「!」

フォーセリアに影が落ちる。その影はなんであるのか、彼が目を向けると、一つの頂点を座標にした種種の刀やら剣やらが出現していた。間一髪のところで躱して向き直ると、木聯がナタを横殴りに薙ぐ。

「お前、まさか…」

「ごり押しや!!」

木聯の言葉通りに武器の生成量も、速度も、全てが著しく加速する。曇りのない木聯の思考は魔法に現れ、武器に影響する。刃が風を切る音、拳と拳のぶつかり合い、高鳴る猛攻。広範囲に及ぶ豪快な木聯の座標指定の武器の魔法攻撃に、敵ながらもマルドゥクとフォーセリアの士気が上がる。今まで一切併せていなかった彼らだが、木聯の心構えに圧されて攻撃のタイミングを合わせるまでに追い込まれた。そこまでを仕組んでか、木聯は最後の攻めを仕掛ける。

「十徳武器魔法奥義…」

今まで木聯が生み出し、闘技場に無造作に刺さっていた武器が分解されて、鋭い石片に変化する。それは集結して、トルコ桔梗を形どる物量の脅威になる。その圧巻の魔法の造形に誰もが言葉を失う。石片のトルコ桔梗は風を、瓦礫を粉砕して取り込み、さらに肥大化する。木聯はまっすぐに向き、指先をフォーセリアとマルドゥクに焦点を合わせる。

桔梗石器ききょうせっき鉱石」

トルコ桔梗が彼らを襲来して、石片の暴雨のごとく、慈悲なき一時を贈る。石片が観客と闘技場の一部の視界を遮断する。それにより彼らがどうなっているのか把握できない。木聯が深呼吸をして、やっと休めると思っていた時に、彼の展開した奥義に隙間が生じる。

「!」「へえ」

その犯人は全身傷だらけのマルドゥクであった。たった一部の隙を作り、一柱だけ特攻したのだ。開幕当初のやる気のなかった顔が、今では殺気と活力に満ち溢れて、また目の色を変えて向かってくる。恐らく、権能なしのただの拳しか出せないだろうが、全身全霊で体を犠牲にした上、奥義まで放った木聯には体力も魔力も残っていない。防御の気力すらも振り絞れない。それを知ってか否か、マルドゥクは一切の躊躇なく拳でタイマンを張る。

『余の者に触るな!』

突如として現れる声の主、災厄という存在のメソポタミアの原初神であるアプスーが木聯を庇い、マルドゥクの一撃をその御身で受け止める。片腕がないボロボロの御身でも、木聯を後ろに下げて庇う。そして意地で足蹴りをマルドゥクの顔面に決め込む。

「ガっ!!」

攻撃しか考えていなかった彼にはかなり効く攻撃であっただろう。マルドゥクは白目をむく。その姿を見て、アプスーは過去の憧憬を思い起こす。

(余は貴様らを滅ぼす戦争の前に、貴様らの謀略に無様に嵌った。貴様らの煩わしい声は、最愛の妻ティアマトを壊した。それでもなお彼女は余が貴様らを滅ぼそうとしても庇った。だというのに、彼女は余の仇討ちで戦ってくれた。これを恩と言わずして何という!?余の愚かさが招いた災いを今ここで決着をつけずして、なにがメソポタミアの父だと?)

一瞬気を失っていたマルドゥクが正気を取り戻して、地面に落ちていた石片でアプスーの首元を掻き切る。

「オレ様はメソポタミアを先導する神々の一柱…」

『余はメソポタミア太古の神々の一柱…』

「期待に応えるために…」

『これ以上泣かせぬよう…』

「負けるわけにはいかないんだよぉ!!!」

『負けられないのだっ!!!』

マルドゥクとアプスーの声が重なったとき、互いの拳がぶつかり合う。力のぶつけ合いに衝撃波が生じる。二つの拳が一度威力を失い、後退する。重たい拳の反動が二柱にのしかかる。だが、先に反動を押しのけ拳を振るうのはメソポタミアの父アプスーであった。

『沈め!!』

鳴動するアプスーの拳が闘技場に鈍い音を響き渡らせる。観客席にいたアッカド派の神々は直前で目を反らして見ないようにした。なぜなら、我らが英雄神マルドゥクが負けてしまう姿を見たくなかったからだ。しかし、その中で一柱、彼の指南役であるアヌだけは目に焼き付けていた。最後のマルドゥクの雄姿を。

「まだ終わりではない」

アヌが言う。それは慰めではなく、真実であるからだ。アプスーの鳴動した拳はマルドゥクではなく、フォーセリアに当たっていた。正確には寸前でフォーセリアがマルドゥクを庇ったのだ。庇った影響でフォーセリアの武器は粉砕していた。

「殺れ!!マルドゥク!」

フォーセリアの昂る声に共鳴するようにマルドゥクは地を大きく踏み込む。威力を失った拳が極限にまで力を溜めこまれる。アプスーが地面を流動させ、一瞬のうちに防壁を構築する。分厚いが、今のマルドゥクの敵ではない。放たれた万力の拳は防壁を容易く破壊して、アプスーの体を貫通する。その偉業に誰もが唖然とする。胸を貫かれたアプスーは完全に意識を失い、地面に倒れる。

「はあ、はあ、、、」

全てを乗せた渾身の一撃を放ったマルドゥクも倒れそうになるが、ボロボロのフォーセリアが体を支える。

「勝ったなら堂々と立って」

彼の言葉にマルドゥクは微笑んで、天に届く勢いで握った手を高く、まっすぐ、堂々と掲げる。その顔は正義に満ち溢れたまっすぐで、喜びを抑えた微笑を浮かべており、勝利を誇っていた。

そして、ヒヤルムスリムルが声を響かせ、勝利を高らかに宣言する。

『アプスー神と木聯の戦闘不能によりシュメール派の敗北…仙人大戦ヘシオドス第3回戦、フォーセリアとマルドゥク神の勝利…よって、勝者アッカド派~!!!』

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仙人大戦"ヘシオドス" 尊大御建鳴 @sondai

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