第3話 神に撰ばれた者
偽善とは、うわべを如何にも善人らしく見せるということ…この言葉は消極的に捉えられ、誰もが疎みの対象とするもの
当に彼に相応しい、小角は救いを求める者を見捨てない、悪人だろうが、忌み子だろうが
悪鬼と恐れられた者にも耳を傾け助けたこと、姉妹を守るための戦いに先陣をきったこと、体裁のため武力を絶対とする竜族で武力を捨てたこと、
皆は彼に言った、
「これ以上苦しまないで」
しかし、彼は、
「
と笑って答えた
本当に苦しい筈なのに、何事もなく、人の平和を求める善人らしく見せて、自己犠牲を隠す小角は竜族から、偽善たる呪術師と呼ばれた
時は遡り、第1ラウンド第1回戦開始直前、回廊にはドスドスと歩く青紫の肌をして、腕が4本、目が3つある男神がいた。
インド神界序列3位シヴァ
(どうするか、ギリシャが用意する選抜人類[手札]よりも面白い
うーんと考えて回廊を直進して、人類がいる棟へと歩みを進める。周りを一瞥すると、他の神々の部下もここに赴き、選抜人類を見定めていた。
(ハッ! どいつもこいつも部下に任せやがってよ~、これからを決めんなら自分の目で確かめなきゃなんねぇだろうに…)
ドスドスとシヴァが歩いていると、シヴァの前を誰かが横切った。
「失礼」
ソイツは軽く一礼してどこかに歩いていく。それを見ていた下級神や召使いは、
「シヴァ神に向かって無礼な」「これだから人間は…」
ヒソヒソと陰口を叩く。しかし、シヴァには外野の戯れ言等は耳に入っていない。それどころか先ほどぶつかりそうになった人間をじっと見つめる。そして、走り出して彼を後ろから肩を組み、
「お前名前はなんだ⁉」
「役小角と申します」
「なあ! 選抜人類に興味無ぇか⁉」
インド専用観戦室
ふかふかな絨毯のうえに鎮座するシヴァと、インド神界序列1位ブラフマーがドンと座っていた。
「お前さんの
インドの顔であるブラフマーがでれでれとした顔でカーリーに見惚れていると、シヴァがガンを飛ばして睨んだ。
「おいこら! てんめぇが選んで来いって言ったんじゃねーか⁉ 浮気すんな!」
「オレ別嬪さん好きだし~、知らん」
耳糞ほじりながら話すブラフマーの態度にシヴァがぶちギレそうになるも、観客の声援で冷静になる。
「にしても、あの小僧もそそる…」
顎髭に触れながらニヨニヨと笑うブラフマーにシヴァはドン引きする。
カーリー、その名は黒き者…または時の意…故に黒い母と呼ばれる
「この暗黒は僕にとっての仮想を満ちさせてくれる、僕の仮想は夜でなければ意味がない!」
松明の炎だけが頼りの暗黒と化した闘技場、ジークフリートが己の間合いに入ってきた小角にワンテンポ遅れて拳を繰り出すと、同時に小角は斜めに手を振り上げる。と、ジークフリートの腕から血が流れ出る。
「!」
「あれは気紛れだったわけだ」
ジークフリートが距離をとると、小角は左手で何かを持ち右手で何かを引っ張っているような仕草をする。まるで、弓を扱うように、
「それはありがたい」
小角はそう言うとパッと右手を放す。
「!ッ
ジークフリートの右耳が失くなって血が出ている。右耳を抑え、血を止めようとするが、意思に関係なく出血は収まらない。
(なんか掴めたと思ったんだけどなぁ、なんていったか、あいつの力は…)
『呪力か』
霊体としてアイテールが呟く。
「…なんだそれ、」
『はっ! お前は知らないだろうがな、
「………………あぁ?」
『呪力なる’仮想’を扱う人類は竜族のみ、その中でも玄家の血筋のものか、そのなかでも選ばれた者にしか使えぬ完璧な…いやいや、見える者がいるならそれは不完全なのか?』
ゴニョゴニョと一人言を話し続けるアイテールに痺れを切らし突進する。
『!おい! 待てっ、あれには』
「ごちゃごちゃうるせーんだよ! 一発で落としゃいいだろーがよっ!」
ジークフリートはアイテールの制止を無視して拳で殴打しようとした直後、視界に映っていたはずの小角が姿を消した。
(なんだコイツ、気配が途切れた?)
「!」
「やっぱり…」
姿を消した小角はいつの間にかジークフリートの背後に回り、ジークフリートの肉体を削ぎ落とす。瞬時に方向を切り替え、小角に焦点を当てようとすると、また居なくなっていた。
「君の感じる気配って殺意の事なんだね」
小角の手に握られている刀が鉄なのに曲がりジークフリートの攻撃を掻い潜り真っ正面からジークフリートの心臓を目印にして肉体を貫通する。
(こいつ!)
「危ねえじゃねえか、初めて肝っていうのが冷えたぜ」
小角が腕を引いてジークフリートから刀を抜く。先程まで見えなかった刀がジークフリートの目にも、観客の目にも見えるようになった。迂曲する刃に観客が困惑している。
選抜人類候補に与えられた各党派の個室、その中の魔塔観戦室
「あら、あれはウルミかしら…フフッ、インド神界ならではの武器ですわね、」
燃えるような太陽を彷彿とさせる鋭い赤い目、蝶の瞳孔。黄金の林檎を象徴しているようなサラサラと靡く金髪。誰もが見惚れる美貌で発せられるその美しい声で誰もが呼ばれることを願っている。だが、どこか死者を思い起こされるような不気味な雰囲気であるが、それがまた魅力の
「なに?それ」
相済茶と紺鼠の髪。裏葉色の光りの薄い瞳。服はあまり肌を見せないようにしている
「インドに伝わる剣や、うねうね曲がりよるクセに肉を切り落とす鋭さあんねん」
黄みの強いシャンパンゴールドの髪を緩くまとめ、宝石眼の瞳を持つ。耳のピアスがキラリと光を放つ。訛りの強い口調が特徴の
「にしても、オモロイこと考えますなぁ、神さん
椅子に体全体をのびのびと任せる木聯が尋ねた相手はフォグブルーの髪を下ろし、漆黒の瞳を持ち、肘掛けを使用し、足を組んで眠たそうな虚ろな顔をして闘技場を眺める三傑の1人魔塔主ウェルテクス•マゴ。
「……」
「無視でっか、相変わらずですやん…呪力ちゅうもんがどないなもんか知りませんけど…研究意欲注がれるわ」
『馬鹿か、貴様は! いいか、呪力は見えないんだよ!』
「るっさ」
ジークフリートの愚行を叱責するも興味無しと言わんばかりの態度を取る。そんな敵をクスクスと笑い霊体として現れるカーリーに、アイテールは睨む。
「あなた様の仰った通り、小角の呪力は隠すことに長けたもの…見えず聞こえず…そこの脳天ゴリラにうってつけの対策ですわね、まあ、察知しているのは日本神界、もしくは同じ竜族の玄家の人類…」
カーリーはジークフリートを指差す。その肉体からはドクドクと血が流れていて、ジークフリートは涼しい顔をしているが呼吸が荒い。明らかに限界が近づいてきているのだ。
「心の臓を貫通してはいませんが一部を掠めとりました…これ以上は勝ち目がありませんわ」
『……舐めたことを‼ 次で決めてやる‼』
勝ち誇ったかのような笑みのカーリーに、アイテールは青筋を浮かべて怒りを露にして、いがみ合っていると、
『盛り上がっているところすまないね』
カオスが介入してきた。観客や上位神がなんだなんだと騒ぐ。
『敢えて伝達して無かったことがあるんだ』
「…なーあに?」
ゼウスの問いかけにカオスが小角とジークフリートを見つめ、
『1回戦ごとの
ゼウス「えっ」 コレー「あら」
オーディン「!」 ユミル「あ゛⁉」
驚嘆の声が上がる中、統治神5柱は涼しい顔をする。
『選抜人類に私からのお礼だよ、君たちがいないと
カオスの急な発言内容に意義を申し立てようと躍起になろうとしていたところ、有無を言わさぬ速さで試合に戻されてしまった。
「聞いたか? 欲しいもん手に入るらしいぜ…俺は決まった、お前は?」
「えっ!そうだな、うーん、決めれるわけないよ…もう叶ってるもん」
「そりゃいいな、なら」
「ああ! 思う存分…」
「「殺しあおう!!」」
小角は腹に、ジークフリートは心臓の致命傷で動く。しかし、それは戦いの終わりが近づいてきたことを示していた。最後と言わんばかりの力を握りしめて2人は互いに突進する。ウルミの軟らかさを利用して俊敏な動きにも対応する小角と、大きな体からは想像できない俊敏さと持ち前の剛力でウルミを回避する。
「なんでここを暗黒に包んだのか、分かる?」
小角が息を切らしながらも喋っている。しかし、その動きは狂いがなくジークフリートの
「僕の呪力は時間に縛られるんだ、それは闇でなければ使えない…カーリーの権能は、カーリーという神の存在を信じたものを庇護に加えその者への牽制と強奪‼ ここには僕の呪力が芽生え、咲き誇っている!」
ジークフリートは目の前の小角に呆気に取られながらも僅か離れたところからの殺気に反応してバク転して躱しながら目を向けた先には弓を構えているような体勢の小角、次は着地を狙った拳で殴打するような小角、間髪いれずに刀を振るうような小角がジークフリートに容赦なく襲いかかる。
「分身!」
「ご明察、蒲公英が少しの風に吹かれて種を遠くに遠くに芽吹かせるように…僕の
増え続ける分身の怒涛の攻撃にジークフリートの俊敏さが失われてきている。
『おい、負けなんてことねえだろうな!』
少しでも集中力が途絶えたら死んでしまう状況下でずけずけとアイテールが話す。さすがに余裕のないジークフリートは無視を決め込むが、
『この分身体は引き受ける、本体はどうにかしろ』
「なんだ、俺を信用してくれたんだな」
『な、わけあるかぁぁ!!いいか⁉ オレはお前じゃくて武力を信用してんだ!!下手なことしたらぶっ殺すからな』
ジークフリートの冗談にぶちギレながらも、ジークフリートから伝達される感覚、そして己から見える情報を使いアイテールが動き出す。
(!なんでしょう、小角の分身に対応している? )
初めの違和感に気づいたのはカーリー、どちらも瀕死のこの状況、互いから放たれたる
「カーリー、まずいよ…僕の呪力が使われてる」
小角が小さく呟いた見解にカーリーは驚きつつも納得したような表情でジークフリートに視線を戻す。
(小角の分身は私が小角自身の呪力を私の権能を一時的に貸して増大させているからこその業、小角の分身を構築している呪力を利用して下賤野郎の力に換えている⁉ この状況を打開するには私の権能を更に小角に貸すこと、でも、そんなことをしたら!)
「カーリー、僕のことは気にしないでいい」
「しかし、これ以上の権能を致命傷の人間に与えるのは!」
「僕はただの人間じゃない……」
出し渋るカーリーを宥めるように優しい声を出しながら小角は話す。端から見ても興奮して闘いを応援しているインド専用観戦室を一瞥して、
「僕はインドが撰んだ人間だ!」
「!」
ニッと笑いかけてきた小角にギュン!と心を掴まれたカーリーは歓喜で体の細胞が込み上げるような興奮を感じた。そして、霊体で小角の手を握って、
「分かりました、では…心行くまで」
そう言うと小角を取り巻く雰囲気が重苦しいものに変化し、小角自身の呪力も磨きがかかった。分身体の数も先程よりも格段に強くなっている。
(どれが本物だ、全てが本物に近しい、いや完璧な分身体…どうすれば!)
「おい、ギリシャの」
悶々と考えていたアイテールにジークフリートが真剣な顔で話しかける。
『なんだ、集中している最中に』
「どうせ、本物が見当たらなくて落ち込んでんだろ」
『!あーそうだよ! 皆目見当もつかん! だからなんだ⁉』
「いい」
『あ゛?』
「本物は俺の領域だ」
折角集中していたのにそれを要らないと言われてアイテールは怒りを通り越して呆れている。しかし、考えなしに突っ込む愚行しかしないジークフリートが回りを見ての発言をしたことに感心した。
『…おい、お前のペースに合わせる』
「その言葉を待ってたぜ!」
闘技場を逃げ回っていたジークフリートがピタッと静止したことを確認すると分身体も静止する。それぞれの分身体の呪力が素人の観客にも分かる程上がっていることが分かり、ジークフリートの集中力も最高潮に達しているとわかった。闘技場が静まり返る、そして誰もが察する…次で決まる
人類の竜を仕留め竜殺しの称号を守り抜くのか、はたまた偽善と言う名の善意を背負う者が勝利を手にするのか…
ジリジリと土と靴が擦れる音、先に動いたのは小角とその分身体、呪力で生み出された武器でジークフリートを攻撃する。目を瞑ったまま、躱し続けるジークフリートに隙を与えまいと呪力が増していく。
「へっ! やっぱいいな」
そう呟くジークフリートがついに実直で愚直な突進をした。それが合図であるとアイテールは察した。
(集中しろ、呪力という’仮想’の流れを…
突進した時に過ぎていった分身体が消えて本物の、否、小角を捉えた。向上し続けた分身体の力を全て宿したジークフリートは誰にも止められない。
「今度は殺るぜ!!」
ジークフリートの拳が中る刹那、小角は反撃の糸口を探す意志が無い、その
―僕は武力を捨てたことに後悔はなかった、家族のためなら何だって良かった…でも、この
やっぱ武を追い求める姿は美しい…これに会いたくて…身を焦がすような闘いがしたくて…神の手を握ったんだ!
「君に感謝を、ジークフリート」
右拳が中る刹那、ジークフリートにかけられた感謝の言葉を言う小角の表情は笑顔であった。
爆発音ともとれる爆音が鳴り響き、土煙が立つ。風が吹き荒れて観客の視界を奪う。そして風も、土も、声も、殺気も、全てが静まり返る闘技場に目を向ける。そこには気絶した小角と右腕を大きく破損しながらも立っているジークフリート、ヒヤルムスリムルがマイクをとり、
『インド選抜人類役小角気絶により!第1回戦を制したのは神の王道ギリシャ
ワアアアッッ!!!
闘技場全土に歓声が響き渡り、ギリシャvsインドに幕は下りた。
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