第4話 想像の範囲外

第1ラウンド第1回戦、勝利を飾ったのはギリシャであった。闘技場に倒れこんでいる小角にジークフリートが近づき、担ぎ上げる。

『おい! 何してんだ⁉』

霊体として話しかけるアイテールにあっけらかんとジークフリートがもの申す。

「俺が克ったんだからコイツは俺のもんだ」

『おま、ハァ…いや、もういい、お前はそういう奴だ』

ジークフリートの言葉に呆れ果てるアイテールだが、共闘した間柄でジークフリートの人格に納得し、それ以上は言わなかった。

退場していく2人と2柱を余所に、観客達は試合の余韻に浸り、神、人類問わず口々に感想を述べている。


北欧専用観戦室

「初戦に相応しい死闘でしたね…勝敗の分け目はやはり、呪力でしょうか」

「もし、分身体も呪力で隠していたなら…いくら仮想の操作に長けているアイテールでさえ、御手上げだっただろう」

「ですが、アイテール殿が土壇場で呪力という初見の仮想をも操れたこと…まさしく、神業…さすがギリシャですね」

冷静に分析するトールとオーディンを見て、けっと悪態をつくユミル。ジークフリートが勝ったことが気にくわないのだろう。そんな3柱にフギンが報告をする。

守護者ガルディとの接触に成功致しました」

『で、返答はぁ?』

「お受けするとのことです」

その言葉にオーディンは少し口角を上げ、真剣な面持ちをする。

「集中しよう、北欧我らの敵は日本だ」


ギリシャ専用観戦室

「まずは一勝、それにしてもルールがあるだなんて…」

「本当に! いい御身分だ…だが、これなら選抜人類にもメリットができたな」

コレーとクロノスが談笑している横で、ゼウスは端末を起動させて対戦表を確認する。

「天使、か~…戯れにもほどがあるっしょ」

「選抜人類は分かったのですか?」

コレーでもクロノスの声でもない1柱が観戦室に入ってきた。ゼウスは振り向かずに、

「分かったら苦労しないよ~、アテナ?」

ギリシャ界序列21位知略神アテナが姿を見せた。ワアッとコレーが喜んでアテナにハグをする。ハグをしたコレーをよしよしと撫でて微笑むアテナは、再度ゼウスを見る。

「この闘いの絶対ルールは神と人類の共闘、神でも人類でもない天使が単独で出場することも許されているはずでは?」

「天使には実態がない、だから憑依型ティマイオスとしての器が必要不可欠…そしてここで強みになるのが、天使の存在…つまり、選抜人類には神でも人類でも撰んでいいこと」

ゼウスに代わってクロノスが説明するとアテナはなるほど、と納得する。

「其ならば三清も利用しているのではないですか?」

「? アテナ御姉様どういうことですか?」

「人類との共闘は神同士の戦闘を避けるための、謂わば統治神5柱が定めた神と神は闘ってはならないという決まりの抜け穴…そして、天使は神ではない…だからこそ、道教は選抜人類無しで2回戦に挑むことができる」

「!それって」

「さすがはアテナ、聡明な僕に似たのかな? まあ、あのババアの駒になるってことだよね、天使は! さあて、どう足掻くつもりかな?」

ニヤっと微笑み、勝ったことに加え、面白いものが見れると上機嫌のギリシャ専用観戦室では早くも次の試合に向けての話し合いが始まった。




「おっ!」

「どうした」

運営書類報告書を書いていたヘイムダルの横で、寝転んでいたヒヤルムスリムルが端末を見て声を上げる。驚くヘイムダルを無視して、マイクをいれると会場が暗転し、ライトが向けられた。

『第2回戦の前に重大はっぴょ~う!!』

その声に寛いでいた観戦室の神々は何事だと目を向ける。咳払いをして、

仙人大戦ヘシオドス…神といっても上位神しか得がない、それはいけない! 皆に得がないと……と、いうことで仏界が独自で企画、そしてカオス様により承諾!!

仙人逆境テイレイギャンブルの集計が完了したぜ!!』

ワアアアー!、と観客が盛り上がる。続けて、

『今回、事前に観客にはどの神界が頂点に君臨するのか、というものをBetしてもらいました! Betした神界が最終的に勝利すれば、カオス様により、どんな謀反者でも、地位が低くとも安寧が手に入る仕様です!』

「お前買収されたか」

「広告料よ」


統治神5柱専用観戦室

『あらあら、面白いことをするじゃない』

『立場の弱い神、はたまた人類への救済措置というわけか……金にがめつい仏界が好む手法だ』

「そんな簡単なことじゃないっすよ」

仙人逆境テイレイギャンブルという突発的な催し事にあまり好意的な反応を示さないエレボスを見て、タナトスが話しかける。

「対戦する神界が分かっても、神代表と選抜人類が分からないんで、ほんとに博打ギャンブルっす」

「詳しいね~、タナちゃんギャンブルこういうの好きだもんね…ねっ、御母様」

『そうよのぅ…妾達も次の出場者は知らんからのぅ、面白い趣向じゃな』


『第1ラウンドで勝利した神界にBetしていた皆様は続く第2ラウンドで、Bet先を変更することができますので! では、次に行きましょう!!』

観客がまだかまだか、と催促してくる。

『第2回戦、仙人逆境テイレイギャンブルでは15位と、まさかの最下位となってしまった神界! いや、天使は神というべき存在なのか…その答えはNOOOO!

天使は、神に仕えし伝令兵也!!

では~、なーぜ! 統治神5柱は選んだのか、その真意は!?』

『戯れ♡』

ガイアがそう答えると場が騒然とする。


「勝てるでしょ、神じゃないもん」

ゼウスが言ったことはどの神界と、観客でさえ思っている。格下なんぞに負けねえ、と…


『さあ、天使を撃ち取りし神界は…女神による統治で栄える神界! 仙人逆境テイレイギャンブル9位の道教!』

ヒヤルムスリムルがそう言うと、観客席にいる道教の神々が銅鑼を鳴らす。ヒヤルムスリムルがフッと笑い、

(成る程成る程、盛り上げていきたいのですね…勝てるという自信があるから、良いでしょう! 乗ってやりましょう!!)

闘技場の真ん中には豪華な門が出現する。

『今回の相手は共通の障壁、そして難関、そして登竜門、そして関門…さあ、皆様門と聞いて絶対に思いつくであろう神がいるはずです……そう、悪鬼から門を守りし武神がたった1柱だけ! 存在するのです!!』

ヒヤルムスリムルがビシッと中央の門を指差す。黒のチャイナパンツとノースリーブの神が現れる。獣のような獰猛な琥珀の瞳と癖っ毛の黒髪、2m後半の隆々筋骨の身体はその神の強さを示している。

『その名も…』

ゴォーーーーン!!!

『門神~~ー!!』

道教界きっての人気者である門神の登場にフロアが沸く中、

『さて…勝敗を決すにはまだはやーーい!!

選抜人類は仙人大戦ヘシオドスにおいて最もなる障壁、この闘いが無ければ絶対に君臨していたであろう半身半神の1柱っ!!』

闘技場の中央に突如として扉のような黒い渦が現れる。

『冥界よりも重い罪を犯した者が!…天界宇宙ゴットバース地上宇宙バースで追放の烙印を押された者が逝く、この宇宙最悪にして最高なる監獄エパネノスィ•ミラ!!

1000年の幽閉を終え、この御方が参戦!』

渦からダイヤのようなパールグレイとスノーホワイトを合わせたような腰まである髪を棚引かせる長袖のリブニットとカーゴパンツのシンプルな服装の女が、姿を現す。

片目は前髪で覆われているが、瞳はエメラルドと言っても瞳孔が緑であるマラカイトの瞳が向けられる。

『カオス様の御息女と統治神5柱の末妹という正当なる血筋の、唯一なる継承者として地上宇宙バースに人類として降り立ち、大英雄へと登り詰めた彼女だったが…紛い物の英雄と人類に裏切られ、人類の手によって悲劇の運命を辿った彼女はこれ以上! 何を辿るのか、

さあ! この仙人大戦ヘシオドスのジョーカーが見参!!頭を垂れ、御迎え致せ!!

セア•アペイロ~~~ン!!』

一瞬にして闘技場が静まりかえり、その直後驚愕し、神も人類も恐れをなしている。そして、

「人類を追放されたんじゃ…」「なんで選抜人類なんて」「おいおい」「怖いよぉ」

口々に不安が飛び交う。

『さあ! 統治神5柱の最高後継者という仮面を被った悪の化身が八つ裂きにするのか?

それは黙ってないぜ! 道教界きっての英雄神と尊敬される正義の化身が勝るのか⁉

それでは、第2回戦開幕!!』

「参る」

開戦の合図と同時に門神が動く。セアの間合いに入るとその手には薙刀が握られており、それをセアの顔面目掛けて突く。が、セアは腰を屈めて避ける。隙を与えぬとばかりに、門神はセアの足を踏んで動けぬようにする。

「逝け」

キラリと光り、研ぎ澄まされた薙刀を振り下ろす。下りてくる薙刀の柄を受け止めると、セアが空いている腕を地面へと向けて門神を見る。門神は嫌な気配を察知して退く。

1回戦とは異なり序盤から激しくぶつかり合う闘志達に観客は杞憂を忘れ、歓声を上げる。

しかし、闘志の間には静寂が流れている。


「随分と熱烈な女じゃないかい」

白のチャイナドレスに毛皮のショールを着て若竹色の髪を簪で結い上げ、狐のような化粧をしている女神

道教序列1位最高神三清

道教専用観戦室で、饅頭を口に運んで試合を優雅に見ている三清の横では女禍が、これまた優雅に酒を飲んでいる。

「女禍、道教あちきらが最高継承者を殴れる日に恵まれるなんてねぇ」

「けっ! 俺の出場蹴りやがって」

「仕方がないじゃあないかい、女のあしらい方を一番に教えたのが門神あのこだよ…さあて、修行の成果を示しておくれな」


門、それはあらゆる者が通る道

怨念の集合足る物の怪が通る道、門神は物の怪を滅却せし神也

「貴殿は我のことを知っているか?」

膠着状態だった2柱の間にやっと会話が生まれた。門神が投げかけた質問にセアは目をそらす。その返答に鼻で笑い、薙刀を地面に立てる。

「我の任は物の怪の滅却なり!!」

秦叔宝しんしょくほうの桃符•虎爺フーイエ

地面に陰陽勾玉巴が描きだされたと思ったら、セアに爪を立てるものが現れた。セアは動揺すること無くその場に立ち、受け止める。その勢いのまま、虎爺フーイエを投げつけるが間髪いれずに突っ込む虎爺フーイエを躱す。その躱した先に待ち構えていた門神が薙刀で容赦なく突いてくる。

「!」

「「「!!!」」」

瞬きをせず確実に仕留められる場所にいたはずのセアはいつの間にか門神から離れた場所に立っていた。その不可解な現象に当事者の門神も、観客も驚嘆の声を上げる。虎爺フーイエが門神に近づき、セアを威嚇する。

尉遅敬徳うっちけいとくの桃符•山海経せんがいきょう

陰陽勾玉巴の陣が光だして、セアの足元から5mにも及ぶ巨体で全身に鱗がはえた焔の翼を持つ麒麟が頭突きする。この急襲にも動じず完璧に回避する。


北欧専用観戦室

「なるほど、道教にとっての使いを召喚させる権能ですか」

『いや、それは違うんじゃねえか?』

ユミルの否定にトールが彼女を見る。

『使いを召喚させるならこの闘技場に陣を描く意味が無ぇ、それに加えて門神あれの神としての存在意義は物の怪の滅却…あの陣に足を踏み入れた者を殺戮する権能、それが門神の権能”陰陽勾玉巴”』

「その任が果たされるまで際限なく続く使く……この闘技場に足を踏み入れた瞬間ときから始まっていたのか」


虎爺フーイエと麒麟の同時攻撃を避けると待ち構えていた門神の華麗なる薙刀の太刀筋でセアの頬を掠め取った。仰け反り体勢を崩したセアの後ろには、いつの間にか虎爺フーイエが呻き声を上げ、鋭い牙を向けていた。が、セアは音を呑むパンチを食らわせて気絶させる。

「”陰陽勾玉巴”は我の領域に踏み入れた者が倒れるまで何度でも立ち上がる、ゆえに…」

白目を向いて気絶している虎爺フーイエの手がセアの体を押さえ込み、爪を立ててセアを引っ掻く。

「っ!」

顔面に傷を負わされ完全に怯んだセア、そしてこの時を待っていたと云わんばかりに門神が薙刀を振り下ろす。

「ここが貴殿の死地だ!」

キィィーーン!!

闘技場内に響き渡る音、確実にセアを斬ったということを証明する音が観客を静かに興奮させる。しかし、門神の前にはセアはおらず血痕だけが残っていた。

(やはりいない…確実に斬った音と感触はしたが、身を斬ったという感触ではない…)

門神が薙刀を振り、刃についた血をとる。その際に樋鳴りする。門神を始め、観客も、専用観戦室にいる神々もセアを探す。最初にセアを見つけたのは統治神5柱専用観戦室の向かいに位置する場所に専用観戦室のあるギリシャであった。1回戦は吹き抜けの構造だった統治神5柱専用観戦室は、今回は手摺がついた構造になっている。その手摺に立ち、何事もなかったかのように涼しげな顔をしているセア、虎爺フーイエから負わされた傷がないことも加わり、その場にいた皆が目を見開く。


ギリシャ専用観戦室

「…御父様、どうなっているのです?」

今までの戦闘を目の当たりにしていたアテナは処理が追いつかず、全知全能の神であるゼウスに助けを求める。

「………」

「御父様?」

「………」

「ゼウス!!」

「、!」

アテナの問いかけにも気づかず、闘技場、門神、セアを食い入るように見比べていたゼウスはクロノスの呼びに1拍置いてやっと気がついた。

ごめん×2ごめごめ…やっぱりすっごいなぁと思っちゃった」

「まあ、三清糞ババアが手塩にかけて鍛え上げた神の1柱なだけあって、業の精度が高い…加えて敵の隙を意図的に造り出すための正確な位置とタイミングを見出だすその演算能力はお前と肩を並べる才能だ」

クロノスがそう言ってアテナを一瞥せず、ナチュラルに門神を褒め称える。が、その顔は険しく、ずっと統治神5柱専用観戦室を見ていた。

(何を話している?)


『……いつまで、脆弱な小鳥を演じるつもりかしら』

手摺に立ち、門神を見下ろしていたセアに痺れを切らしたガイアが好奇心を向ける。

「そんなつもり無いけど…」

『では?』

「想像していたよりも手応えのある神だと思っただけ……それでもこれは私の遊び場、邪魔しないで」

『そうかい、門神! 私たちのことは構わず攻撃していいよ』

様子を伺っていた門神にカオスが許可をだす。次いで、三清の方を見ると、サムズダウンをしていて、やっちまえと訴えている。

尉遅敬徳うっちけいとくの桃符•山海経せんがいきょうくう

陰陽勾玉巴の陣が天空にも現れ、そこから麒麟が出現する。そして、焔の翼を広げ、全身焔で包み、そのまま体当たりしてくる。麒麟が退けて暫く観戦室が燃え盛る。どうなるかと観客が身を乗り出して見ていると、焔の中で誰かが動き、焔を切ってみせた。手には剱を握っており、刀身が輝いている。統治神5柱も何事もなかったかのような態度をしているのを視認したゼウスは舌打ちをする。

「さてそろそろ…人類最強の力、魅せてあげる」

フッと手摺からセアが消えたかと思うと、空を飛んでいた麒麟の目の前に現れ、剱を一振りした。すると、麒麟は細切れになり地面に落ちた。それでも尚再生を始め任を果たそうとする麒麟がセアの目の前に立ち、その後ろには虎爺フーイエが姿勢を低くし唸り声を上げる。東南には麒麟、西南には虎爺フーイエ、そして北には門神が陣取る。

(退路は塞いだ、次こそはその息の音止めてくれる!!)

冷や汗をながし切迫した顔を見せるも確実な策でセアを殺しにかかる。そんな必死な門神をクスッと笑うセアの顔は不気味だった。

「逃げるなんてことはしないわ、ここを門神お前の死地にしないといけないから」

そしてセアが一歩踏み出したことを認識した次の瞬間にはそこら一帯が血の海と化す。麒麟も虎爺フーイエも斬撃を浴びせられ原型をとどめていない。それを直視してしまった観客は小さく悲鳴を上げる。門神が現状を理解する前にセアが腹に拳をお見舞いし、うつぶせ状態になって倒れた。門神の薙刀を奪い、倒れた状態の門神の肩を突き刺す。

「がはっっ!!!」

「あまり動かない方がいいわよ、神経を切っているから使い物にならなくなるわ」

「……クソっ!」

「お前を痛めつける気は起きないけど、お前を弄れば三清の悲痛な顔が見れるからね」

「ゲスが…」

セアが腰を曲げて覗き込む。スノーのカーテンが門神の視界を覆う。

「もっとゲスなことしてあげる」

セアは姿勢を正し悪い笑みを張りつけ、闘技場に響き渡る声で話す。それは一方的に投げつけられた言葉、

「そろそろ私が望むものを言っておくわ…私は、」

闘技場が無言に包まれる中で三清のいる道教専用観戦室を見て、

「道教界をもらう」


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