第三十二話「『要塞都市ハルバトン』」

 俺達は今、街の中央にあるベンチに座っていた。

 

「で、ここどこなんだよ」

 

 牢獄から出た俺とフィーレはレインに問う。

 

「ここは『要塞都市ハルバトン』です。この『ガルス大陸』で、最も大きいとされる国です」

 

 ハルバトン? ガルス? 初めて聞く名だな。……というかそもそも、転移する前の大陸の名前すら知らないぞ。転生した瞬間から俺はずっと『アレン王国』にいた訳だし。

 

「『アレン王国』も『ガレス大陸』だったのか?」

「え、柊さんまさか知らなかったんですか?」

「誰も教えてくれなかったしな」

 

 まぁ聞いてもないけど。

 

「はい、『アレン王国』は『ガレス大陸』になります」

「そうなのか。ここはその『ガレス大陸』の中でも大きいのか」

「その通りです。ただし、『アレン王国』が小さいだけで、実際の所、『要塞都市ハルバトン』が特別大きいという訳でもありません。他も大体同じような大きさです」

 

『アレン王国』ってそんなに小さかったのか。以前の俺は全然気にならなかった。だが、今はレインの言っている事が分かる。ここは確かに『アレン王国』よりも大きい。賑わっている人の数、建物の大きさや数も別格だ。

 

「こんな所に座っててもいいのか? 騒ぎにならないのかよ」

「ご心配なく。私達の顔を知っているのは看守と城の者だけです。ここにいる民は知りません」

 

 街を警備してる城の者とか居ないのかって言いたいんだがな。

 

「柊様が抱いているもう一つの疑問も問題ありません。私はここに来てもう一ヶ月が経ちます。その間、ここ『要塞都市ハルバトン』を調べました。ここは一見すれば民が多い栄えた国に見えるでしょう。しかし、実際は人手が足りておりません」

「こんなに人が居るのに手が足りてないのか?」

「はい、正確には警備兵が足りていない様です。ここは人口が多い分、犯罪率もまた高い。しかし、それを取り締まる者が少ない様ですね」

 

 警備が居ないから犯罪が多発する。犯罪が多いから警備兵を志願する者が少ない。この悪循環か。全て城の守りに兵力を集めているのだろう。そこまでして治安より、王を守るのが大事なのか?

 

 俺は座っていたベンチからふと周りを見渡してみた。すると、至る所で犯罪が起きていた。それは殺人などでは無い。俺が見ただけでもスリや無銭飲食の様子が多数見て取れた。

 

「……なるほど、これは確かに取り締まるのも大変だ。無法地帯だな」

「ええ、特に多いのがスリや無銭飲食と言ったものです。ですので、柊様達もお気を付け下さい」

「あ、ああ……あれ? なぁレイン、フィーレ知らないか?」

「フィーレ様ならあそこに居ます」

 

 と、レインが指を差した方を見ると、フィーレらしき者が騒いでいた。

 

 嫌な予感がする。

 

「おーーーい! フィーレ! お前そんなとこでなにしてんだー!」

「柊さーーーーーん!!!」

 

 俺が手を振り叫ぶと、フィーレがべそをかいてこちらに向かって走ってきた。嫌だなぁ。絶対なんか問題持ってきてるよなぁこれ。

 

「聞いてください! 私達の杖見つかったんですよ!」

「本当か!?」

「はい!! でも取られました!!」

「……は?」

 

 俺とフィーレの杖は投獄される際に、没収された。もう取り返すのは無理だろうと諦めていたが、まだチャンスはあるかも知れない。

 

「どこでだ?」

「あちらです! あちらで私達の杖が十万ルピで露店で売られていたので、私が買おうとした所、あそこにいるゴツイおじさんに『これは俺のもんだ。嬢ちゃんは諦めな』と言われてしまいまして……」

 

 フィーレはその男のモノマネを披露した。

 

「それでお前どうしたんだ? 引き下がったのか?」

「い、いえ! まさか! 私達の大事な杖ですから、私もそこまで言うなら勝負しましょう! と腕相撲勝負になりまして」

「おう。それで?」

「負けました」

「バカだろお前」

「でも! 勝てば取り返せると――」

「勝てるわけないだろ」

「……すみません」

 

 フィーレが勝てる訳無いだろう。俺はフィーレが指を差す方にもう一度目を向ける。

 

「……アイツか」

「はい……」

 

 身長三メートル以上はある筋肉だるまおじさんが、杖を二本持って笑っていた。

 

「……はぁ。待ってろ、俺が取り返してくる」

「ありがとうございます、柊さん! お願いしますね!」

 

 ま、勝てる勝てないはともかく、杖を見つけたこと自体はお手柄だ。後は取り返すだけの事。

 

「――柊様」

 

 俺が露店に向かおうとした所でレインに声を掛けられた。

 

「要らぬ心配だとは思いますが、一応ご忠告です。ここは先程も言ったように犯罪率が高いです。どこで何が起きるかは分かりません。ですので、常に周囲を警戒する事をお忘れなき様」

「……ああ、ありがとう。レイン」

「いえ。私はフィーレ様を監視……護衛しておりますので、その点はご安心下さい」

 

 レインは右手を胸に添え、軽く頭を下げた。

 

 まぁ、レインが付いてるならフィーレの方は大丈夫か。後は俺が杖を取り返す事に専念すればいいんだよな。

 

 俺は二人を置いて、露店にいるおっさんの元へと一人向かった。

 

「…………あの……さっき監視と言いましたかレインさん」

「言っておりません」

「え、でもさっき――」

「言っておりません。護衛です」

「そうですか……」

「そうです」

 

 レインは真顔で言い返す。

 

「……さて、とっとと杖取り返して珠希とゼノアを探しに行くとするか」

 

 俺は筋肉だるまの元へと向かった。

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