第二十八話「前進」
「暑い……」
「暑いとか言わないでください。余計暑さを感じます……」
俺とフィーレは絶賛砂漠を歩行中だ。砂に足をとられ、なかなか前に進めないだけでなく、暑さで今にも倒れそうだった。
『エルムス』を離れてかれこれ九時間ほど経ったと思う。道中魔物が出てきた。サソリやネズミ、空飛ぶ名前の分からない鳥。そのどれもが皆、炎を吐いてくる。
「……出たぞ……フィーレ」
「は、はい……『ファイアーボール』……はぁ……これいつまで続くんでしょうか」
「さぁな……じいさんから貰った地図によれば、あともう少しで湖があるはずだ」
杖と一緒に地図まで貰った俺とフィーレは、湖を目指して歩いていた。その道中何度も魔物が襲ってくる。地上の魔物は俺が、空を飛ぶ魔物はフィーレが担当だ。そしてなんと言っても驚いたのがフィーレの魔法だ。恐らくエルムスのじいさん達から貰った、杖とネックレスの効果だと思うが、俺の知っている『ファイアーボール』では無かった。バスケットボールくらいの炎の玉でもなければ、マッチの炎でも無い。勢いと大きさが桁違いだった。その火力でフィーレは全ての魔物を一撃で
「お前が強くて俺は嬉しいよ」
「ありがとうございます……この杖とネックレスのおかげですけどね……」
だとしても、嬉しい。俺も楽が出来るしな。
「…………おい、フィーレ! 見ろ!」
「……あれは……湖! 湖ですよ!」
遂に湖を見つけた俺とフィーレ。
「よっしゃー! 飲み尽くすぞ!」
「はい! 体全体で飲み尽くしてやりますよ!」
と勢いよく発言するが、残念ながら走る事が出来ない。砂漠の砂が走らせてはくれない。
「……くそっ! 見えてるのに……見えてるのに長い」
「もうそこにあるのにぃ……遠いですぅ」
湖を目視出来てからさらに一時間程歩いた。
……
…………
………………
「――水、うんま!!」
「ですね! 私なんて体ごと浸かってしまいましたよ! ほら! 見てください柊さん!」
「……それは汚いからやめてくれ」
人が飲んでる横で、肩まで浸かるフィーレ。砂とかいっぱい着いてるのにやめて欲しい。
「うわ――ぺっ! おいフィーレ! お前の体に付いてた砂が口の中に入ったぞ!」
「すみません! でも仕方ないんです! 体が水を欲しているんです!」
「ならもうちょっと離れた所でやってくれ。お前の横で飲んでると、お前の汗とか飲んでる気分になる」
「私の汗は水より綺麗です! ……とはいえ、柊さんがうるさいので離れます。では〜」
そう言ってフィーレはスイスイと泳ぎ、一応離れてくれた。
「ったく……にしてもこの湖綺麗だなぁ」
透明。その一言で完結する程透き通っている。
「これは確保しといた方がいいな」
何か入れるものはないだろうか。水筒とか無いしな。どうしたものか。俺がそんな風に悩んでいると、フィーレが俺を呼ぶ声がした。
「柊さーーーーん! こっちに来てくださーーーーい!」
「やかましいなぁ」
今どうやってこの水を確保するか考えてんのに、何の用だフィーレのやつ。と言いつつも俺はフィーレの元へと向かった。
「……どうしたんだ?」
「これ! 見てください!」
フィーレは湖に浮かびながら湖の下の方に指を差した。
「ん? ……これって……水筒か?」
筒状の何かを入れる為に作られたモノ。
「水筒じゃねぇか! でもなんでこんなところに?」
傷だらけではあるが、一応使えそうだ。
「でかしたぞ! フィーレ!」
「ありがとうございます。で、それなんですか?」
分からないのに呼んだのか。ゴミでも落ちていた、みたいな認識で呼んだのだろうか……。
「こうやって、こいつの中に水を入れると……ほら、持ち運ぶ事が出来る」
俺は水筒を湖の中からすくい上げ、水筒の使い方を実演して見せた。……すくい上げる為に結局俺も全身濡れてしまった。
「凄いですね! これで暫く水には困りそうにありませんね!」
「そうだな……ただ、足りない。二人分だとな。フィーレ、せっかくならもう一つ無いか探してきてくれないか?」
「任せて下さい! 私、泳ぐの得意なので!」
そう言って湖を徘徊しに行った。
「遊んでいるだけにしか見えないんだよなぁ」
フィーレはバシャバシャと水しぶきを上げながら、クロールや背泳ぎ、バタフライなど、色んな泳ぎ方で探していた。
「……背泳ぎに関しては探してねぇだろ」
水の中を探して欲しいのに空を見上げてどうすんだ……。
「あっ! 柊さん! 見て下さい!」
フィーレが俺を呼ぶ。俺は直ぐにフィーレの元へと向かう。
「どうした!? 見つかったか!?」
「見てくださいコレ! 靴? でしょうか? ブニブニしてて面白いですよ!」
「…………ゴミだ。捨てておけ」
「えー! 捨ててしまうんですか〜」
フィーレが拾ったのは、水の中の定番のゴミ、長靴だった。
「…………おい、俺は捨てろといったぞ。そんなもん抱えて上がってくるな」
「だってこれブニブニしてて気持ちいいんですよ!? きっとこれ高く売れますよ!」
「売れない。ゴミだ。元に戻してこい」
「嫌です!」
ゴミを大事そうに抱えるフィーレ。仕方ない、この先こんなゴミを持って居られても困る。ここは無理にでも――
「――ちょっと! 何するんですか! ああ! ……はぁ」
俺はゴミを奪い取り、湖に戻した。本当はダメだけど。
「さ、行くぞフィーレ。……おい聞いてんのか」
「酷いです……柊さん」
「お前が俺に力勝負で勝てるわけ無いだろ」
魔法使いの皮を被った前衛職だぞ。
「……はぁ、分かりました。では行きましょうかオニラギさん」
「人の名前を新種の妖怪みたいに呼ぶな。俺の名前はヒイラギだ」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ」
「……え? 私、本当にわざとじゃありませんよ?」
「…………お前ほんと空気読めないな」
そんな他愛もないやり取りをした後、俺とフィーレは再び歩き出した。湖を離れるのは少し名残惜しいが、このまま湖に居ても、前に進まないしな。
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