第二十六話「トラヴェル」
次の日、目が覚めた俺は手に柔らかな感触を感じた。懐かしい手触りだ。ずっと触っていたくなるようなそんな感触。
「……んん〜」
「あ、これいつかのやつだ」
俺の手はフィーレの服の中へ入っていた。俺の手の中にあるこの柔らかな感触。そう、これはフィーレの胸だ。俺は今フィーレの胸を揉んでいる。
「……柊さん」
「おはようフィーレ」
そういえば以前にもこんな事があったな。まだ珠希やゼノアが居なかった時だ。俺とフィーレが同じベッドで寝て、俺はその時もこうしてフィーレの服の中に手を入れていたんだっけな。そんな昔って訳でも無いのに懐かしいな。あの時はフィーレのやつ凄く冷静だったんだよな。どうせ今回もそうなんだろうけど。
「……柊さん、何か言いたい事はありますか?」
「言いたい事? うーん……ありがとう?」
「なぜ感謝の言葉なんですか! 『ファイアーボール』!」
「おいバカ――」
フィーレが布団の中で魔法を唱えた。……しかし、杖を持っていなかった為、マッチの炎程度しか出なかったのが幸運だった。
***
フィーレが口を利いてくれない。
「なぁいつまで不貞腐れてんだよ」
「……知りません」
俺とフィーレは『エルムス』の街をぶらぶらと歩いていた。観光だ。『アレン王国』に置いてきたアイツらが心配だが、まずは情報収集。焦っても仕方が無いし、そもそも戻る方法が分からない以上情報が必要という事になった。
「おや、これはエルムス様の客人」
エルムスの住人が話しかけてきた。俺は『アレン王国』について聞いてみた。
「……『アレン王国』ですか。あそこは今大変な事になっているのでしょう?」
「大変な事?」
まぁ確かに大変と言えば大変だったな。にしても情報が早過ぎないか? 昨日の出来事だぞ? 通信魔法でも無い限り、昨日の情報を知るなんて不可能だろ。……もしくは通信魔法でもあるのだろうか。
「おや? 『アレン王国』の民では無かったのですか? 私はてっきりあなた方が『アレン王国』の民なのかと」
「いや、あながち間違ってはいないが、なぜ民が逃げたと知っているんだ?」
「民が逃げた……?」
「ん? 違うのか?」
「ええ、私は『アレン王国』は滅んだと聞いておりますが……」
滅んだ……? 滅んでは無い筈だぞ? 民が逃げはしたが、今はアレンとレイン、そして俺の仲間が居る。これを滅んだと表現するのは流石に大袈裟すぎないか?
「…………柊さん、これはマズイです」
さっきまで不貞腐れていたフィーレが真剣な顔で話に入ってきた。
「どうしたフィーレ。怒ってたんじゃないのか」
「怒ってますよ。……ただ、そんな事を言ってる場合では無いとそう思いまして」
「なに? どういうことだ」
フィーレはよく聞いて下さいと、前置きして話す。
「……恐らく、私達は今時間を超えています」
「時間を超えた? つまりタイムスリップって事か?」
「タイムスリップ……そうですね。しかしこの場合タイムトラベルと言った方が正しいかもしれません。私達はあの魔法陣を踏んだ事により、時間を超えたと推測出来ます」
そんなまさか……でも異世界だし有り得るのか。だとしたらあれから何年経ったんだ? 西暦で聞いても分からないだろうし、そもそもこの世界の時間が分からない。
「なぁアンタ、ちょっと聞きたいんだが、『アレン王国』はどうなったんだ?」
「……え? 私が聞いた話では魔王によって滅んだと……そう聞いておりますが違うのですか?」
フィーレの考えは正しいかもしれない。魔王に滅ぼされたのが昨日だったとしたら、あまりにも情報が早すぎる。
「フィーレ。これは急いだ方が良いかもしれない」
「……そうですね。急ぎましょう柊さん」
俺とフィーレは珍しく意見が一致した。昨日からフィーレのやつ別人のように頭が冴えているな。こいつに頼もしさを感じるなんて思わなかった。
「あれ? 私変な事を言いましたでしょうか?」
「いや、助かったよ。ありがとう」
「ありがとうございました」
「いえ! また何か困った事があればお気軽にどうぞ」
住人は手を合わせ祈る。
「神マキナの御加護があらんことを」
また知らない神の名前だ。だから誰なんだよ神マキナって……。
***
その後、さらに情報収集を続けてみたが皆同じ事を言う。『アレン王国』は魔王の手により滅ぼされたと。そして最後には祈る。これはフィーレの考えがほぼ確実になってきた。そもそもあの魔法陣をふむ前の時間から一体どれくらい経っているんだろうか。まさか何百年とかじゃないよな……?
「じーさん、ハゲ。今戻った」
「気は済んだかの?」
「ああ。知りたい事はだいたい聞けた。……明日、俺達はここを発つ」
「そうかい。寂しいもんじゃのう……しかし止めはせん。ワシらは無事を祈っておる」
「ありがとうございます、エルムスさん。今日一日だけお世話になります」
俺とフィーレはエルムスのじーさんとファルスのハゲにそう言い、食事と風呂を済ませ、寝床に着いた。
……
…………
………………
「…………なぁフィーレ、起きてるか?」
「……はい。なんでしょう柊さん」
「このまま俺達だけになったら……どうするよ」
「…………そうですね。その時は家を建てて二人で過ごすのもアリかも知れませんね」
「はははは! なんだよそれ……ま、それもありかもな」
「そうでしょう? ……でも」
まだ諦めるのは早い。俺達はまだ何も成し遂げられていない。
だから――
「「――それは全てが終わってから」」
「……だな」
「ですね」
そして俺とフィーレは眠りに着いた――。
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