第十八話「瓦解」

 目を覚ますと見知らぬ天井があった……。大きな穴が空き、そこから心地いい風が入ってくる。

 

「……って俺が壊したのか」

「目が覚めましたか?」

 

 フィーレが俺の顔を覗き込んでくる。どうやら俺はベッドの上に居るみたいだ。

 

「そうか……俺飛行魔法使ってそれで……」

「え、あれって飛行というよりジャン――」

「――柊は凄い魔法を持っているな! 僕も使ってみたいよ!」

 

 珠希はゼノアに口を塞がれている。

 

「だが、あの飛行魔法は未完成だ。制御が出来ない。おかげでこのザマだ……レベルが足りないのかもしれないな。暫くこいつを使うのは控えよう」

「ああ! そうだな! 僕もそれがいいと思う!」

 

(ん? ゼノアのやつどうしたんだ……?)

 

「なぁ、お前ら何か隠してないか?」

「いいや! そんなことはない!」

 

 一番怪しい態度をしているのはゼノア、お前だけどな。顔を横にブンブンと振り否定するゼノア。こいつも俺と同じく表情に出やすいんだろうな。しかし、そんな話を割って入ってきたのはフィーレだ。

 

「――ところで柊さん、あの件どうなったのですか?」

「あの件?」

「はい、この国の王アレンのことです」

「……ああ。俺の罪は帳消しになった。そもそも俺は罪なんて犯していないしな。全てでっち上げだ」

「そうだったのですね! よかったですね柊さん!」

 

 フィーレのせいでややこしくなったんだが。

 

「しかし柊、一体誰の仕業だったんだ? 僕もアレンの事はよく知っているが、あいつが単独で……それも王でありながら自ら足を運びあのような事をするとはとても思えないんだ」

 

 ゼノアは顎に手をやり考える。

 

「仮にもこの国の王を呼び捨てか。まさか恋人か?」

「違う! わた……僕は真剣なんだ!」

「お、おう。悪かった」

 

 今わたしって言いかけたか? ゼノアのやつ。

 

「……俺を嵌めたのは前に絡んできた冒険者だ。多分逆恨みだ」

「そうだったのか……しかし罪が帳消しになったという事は、アレンは柊じゃ無かったと気付いたのか」

「まぁ一応な。色々一悶着あったが」

 

 全く、散々だった。今思い出しても腹が立つ。

 

「……え? なぜ私を見るんですか?」

 

 もう忘れたのかこいつ。俺はフィーレの顔を見るが、当の本人は知らぬ顔だ。

 

「そいつはどうなった?」

「殺されたよ、アレンに」

「……なに? アレンが殺しを?」

 

 ゼノアは驚いた顔をしている。まさかアイツが、と言わんばかりの顔だ。

 

「俺も驚いたよ。そこまでしなくてもってな。まぁ俺としては嵌められた訳だし、特に何か言うつもりは無かったがな」

「……そうか。話してくれてありがとう柊」

 

 そう言うとゼノアは立ち上がる。

 

「おいゼノア、どこ行くんだ?」

「少し散歩に行ってくるよ。柊はもう少し休むといい」

 

 まぁ言われなくてもそうするけど。死にはしなかったが、疲労がヤバい。というか、死ななかったのは奇跡だな。レベルのおかげだろうか……?

 

「……それより天井どうしようか…………」

「お兄ちゃんが壊したんだからお兄ちゃんがどうにかするべきだと私は思うね!」

 

 だよなぁ……また金が無くなるのか。まぁいい、新しく獲得したスキルの内容が分かっただけでも良しとしよう。暫くあのスキルは使わない。自滅しかねんからな。

 

 

 ***

 

 

 アレン王国、王城にて。

 

「アレン様、お客様です」

「……通せ」

「かしこまりました」

 

 アレンは玉座に座っていた。少し不機嫌気味で……。黒いスーツのようなものを着た女性が扉を開けると、一人の男が入ってきた。

 

「――久しぶりだなアレン」

「……何をしに来たゼノ」

「一応礼を言いに来た。僕の仲間を救ってくれた事をね」

「柊の事か……よせ、全ては俺が招いた事。むしろ迷惑をかけたな、すまない」

 

 アレンは玉座に座ったまま頭を下げた。

 

「君が謝罪なんて珍しいね。……で? 何があったんだ?」

「何が、とは?」

「とぼけるな。君が単独であのような行いをするはずが無い」

「……流石ゼノだ。二ヶ月程前になる。俺の元に『ディベルドの使者』が来た」

「何? 『ディベルドの使者』だと? なぜまた君の所へ……」

「分からん。だが、そいつが俺にこう言ってきた。この国に居るヒイラギという男を殺せとな」

 

 アレンはゼノを見つめる。

 

「……君はそれに応じたのか?」

「俺はこれでもこの国の王だ。この国にいる限りは誰であろうと俺の民だ……だが、応じなければ民を皆殺しにすると言ってきたのだ。俺一人ならまだいい。だが、民は無力。全員を守る事は俺には出来ない……それに『ディベルド』にはヤツ・・がいる」

「…………そうだったのか。だが、結果的に君は柊を殺さなかった。感謝しているよ」

「……俺は負けただけだ」

 

 ゼノは笑い、アレンもまた笑う。

 

「……にしてもお前、えらくあの男にご執心のようだな。まさか惚れたのか?」

「ば、バカ言うな! ……ただのファンだ」

「そうかよ。あの『王族殺しのゼノ』と言われたお前がなー?」

「僕はその話が嫌いと何度言ったら分かる。……話は終わりだ、僕は戻る。聞けたいことも聞けたしね」

 

 ゼノはアレンに背を向け歩き出す――

 

「――その覆面、似合っているぞゼノよ。……全く相変わらず可愛いやつだお前は。嫁に欲しいぜ」

 

 アレンはゼノの背中に言葉をかけるが、ゼノはその足を止めない。スーツの姿の女性が扉を開け、ゼノは玉座の間を出ていった。

 

「アレン様」

「なんだ、レイン」

「先程の言葉は……」

「嫁に欲しいって話か? なんだレイン、嫉妬でもしているのか?」

「いえ、そのような事は……」

「安心しろ。ゼノは俺なんかには振り向きやしない。……昔からそうだったのだ」

 

 レインは少し寂しそうな顔だった。

 

「――さぁ、俺達には時間が無い。俺は柊を結果的に生かした訳だ。アイツが動くぞ。民に悟られぬよう防御を固めろ。俺にはお前しかいないレイン……頼んだぞ」

「はっ! お任せ下さい! この命にかえても必ずアレン様のお役に立ちます!」

「フッ……お前も変わったものだ……皆変わった。ゼノもお前も……変わらないのは俺だけか……」

 

 ――この日を境に、『アレン王国』ではある噂が流れ始めた。

 王アレンは無抵抗な民を殺した、と――。

 

 その噂を聞いた民は、信じる者と信じぬ者の二つに別れた。

 平和だった『アレン王国』は内側から徐々に崩壊していく。

 これはその始まりに過ぎない。

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