第25話 創一の話(2)
「よし、香太郎、創一、帰るぞ」
日が陰り、空気が湿り気を帯びてきたころ、宴会を終えて酒の瓶や敷物を片付けていた刈谷が立ち上がり、少年たちに声をかける。無言でその後をついてきた父が、創一の体を抱き上げ、荷車の、刈谷が畳んだ敷物のあるところに乗せてくれる。男にしては小柄で、どちらかと言えば痩せている父1人では、もうすぐ13になる自分の体を持ち上げるのは大変だろうし、無理せず刈谷に助けを求めて2人でやればいいのにと創一は思う。介助のことにかかわらず、この人はなんでも自分1人で抱え込むところがあるので心配だった。
刈谷が能天気に笑う。
「昔は楽しかったよな。日が暮れて、真っ暗になるまで遊んで…あんまり遅くなるものだから、しょっちゅう叱られたけど」
厳しく強権的な両親のもとに育った父は、あまり刈谷の話には共感できなかったらしく、ああ、そうかと曖昧に頷いていた。以前彼から聞いた話によれば、寄り道は厳禁、帰ったらすぐ勉強か家の手伝い、外出や遊びには親の許可が必要で、少しでも口答えすれば殴られ、その日の夕食は抜きにされたという。もしかすると他の家も似たり寄ったりなのかもしれないが、それはあまりにも厳しすぎるだろうと思った。せっかく天気に恵まれて遊びに行きたいと思っても、望みの通り、自由に外で転げまわるなんて夢のまた夢である。
では自分はどうだろう、と創一は思案した。周囲の大人からこれはダメ、あれもダメと口うるさく言われることはなかったが、外遊びは体が不自由なので、自分の思うようにはできず、外出の希望も他者の助けなしには叶わなかった。生まれつき病弱なので、刈谷のように「昔」の話ができるほど長く生きることもないだろう。そんなこともあって、近くにいるはずの2人の声がなんだかとても遠くに感じられた。父は自分の乗っている荷車を引いていて、刈谷はその隣を、父より2、3歩先に進んでいるだけだというのに。
一方、大人たちの会話に加わろうとしない香太郎は、まだ不機嫌そうにうつむいて、黙ったままだった。この様子だと、今日はもう口をきいてくれそうにない。
「おい巽、そろそろ飯にしないか? 近くにうまいうどん屋があるんだ」
香太郎の微妙な空気には構わず、刈谷が明るい声で問いかける。父はあまり気乗りしないのか、困ったように笑う。
「いや、俺は遠慮しておくよ。創一はこっちで連れて帰るから、香太郎と2人で食べてくるといい」
創一はこっそり父の方を盗み見た。もともと鋭かった頬の輪郭がさらにこけて細くなり、不健康な印象を与えている。自分の身の回りの世話をしてくれる相手がいなくなるからというわけではないが、別にいい親になろうとしなくていいから、とにかく元気で長生きしてほしい、と思う。
――普段は素直になれなくて、きつく当たってしまうこともあるけど、本当は大好きだよ、父さん。
創一は荷車を引く父親の背中に向かって笑いかけた。もちろん、創一の声にならない語りかけに、父親が気づくことはなかったのだが…。
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