第23話
「それで、結局、私はあなたのところの奥さんに操られて、一晩中おかしな振る舞いをしてたってこと? 嫌になっちゃうわ」
寺に隣接した墓場に、夜の散歩に出かけた翌日の朝、巽は隣室に住む、占い師の女を見舞っていた。彼女は、昨夜よからぬ魂…おそらく、巽の亡き妻であるマツの亡霊だと思われる…に憑りつかれたか、それとも単に精神に不調をきたしてかはわからないが、普段とは異なる異常な行動を連発した後、失神してその場に倒れたのだ。もし症状が続いていたらと心配になり、回復しているかどうか様子を見るため、巽は面倒だと思いつつも、昨日の今日で女の家に邪魔することにしたのだった。
女はため息をつきながら、部屋の奥の方から何やら白い塊を持ち出す。両腕いっぱいに抱えられていたのは、無数の、半紙で作られた蝶と、同じく半紙で作られた人形の山だった。ぎょっとしている巽に女が事情を説明する。
「初めて来た時から、この長屋からは、何か悪い気を感じたの。それで、息子さんを亡くした話も聞いたし、なんとなく、あなたの部屋かなと思っていたんだけど、まさか、私の部屋だったとはね…。今日、起きて掃除をしていたら、床下からこれが全部出てきて、気味が悪いといったらありゃしない」
紙屑の山を部屋の隅にうっちゃった後、女はさらに、五寸釘の刺さった藁人形を掲げて見せた。
「おまけに、外壁にはこんなものまで打ち付けられていて…あまり長居するとろくなことがなさそうだったから、もう今日で引っ越すことにしたの」
巽はまた仰天する。
「引っ越すって…君、ひと月ほど前に、ここに越してきたばかりじゃないか」
そして、頻繁に引っ越すから、お金が残らないのではないかと言いかけて、巽は口を閉ざした。さすがにそれは余計なお節介で品がなく、失礼にあたると思ったからだ。
女は手元の風呂敷に財布と化粧道具を包むと、懐から細長い茶封筒を取り出して言う。
「それじゃあ、私はさっきの縁起でもないごみを片付けたら、すぐに発つからね。今月分の家賃は、この封筒の中に入れておいたから、大家さんには、あなたが代わりに渡しておいて」
それから、いたずらっぽく片目をつぶり、次のように続ける。
「それとも、あなたも一緒に、失踪する?」
巽は少し間を置いてから答える。
「いや、俺は遠慮しておくよ。創一を見送ったこの長屋を離れたくない」
女はつまらなそうに言う。
「そう、じゃあ、今は残ってもいいけれど、呪いで体を壊さないうちに、別のところに移りなさいよ。あなたの奥さん、まだしつこくこの辺りに残っているから」
そう言って、女は立ち上がると、巽に家賃の封筒を押し付け、風呂敷包みと呪いのごみとを持って、さっさと出て行ってしまった。
――今度はいい物件に当たるといいのだが。
女の新居探しでの幸運を願いながら、巽は遠ざかる黒ずくめの後ろ姿を見送った。
この時、細く空いたままの障子窓の外を、一羽の半紙の蝶が横切ったのだが、巽は後ろを向いていたので、気づくはずもなかった。
また、彼の住む部屋の床下に、大量の呪いの札が隠されていることも、彼はまだ知らないのだが、その話は別の機会にとっておくこととする。
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