第21話

 巽は自分の膝の上に重さを感じ、ハッと下を見る。彼の胡坐を組んだ足の上には、血だらけの、幼子の亡骸が横たわっていた。文机の向こう側、書斎と縁側を隔てる障子戸のあたりにも、もう1人同じような年頃の子どもが血を流して倒れている。


「春信さん、どうしてこんなことを…」


 後ろから話しかけられ、振り返ると、同じく血だらけになった兄嫁が、泣きながら巽の襟元を掴むのであった。彼女の首筋から胸元にかけては、刃物で切り裂かれたと思われる、深い切り傷が残っていた。


「私の子どもたちを、どうして、こんな…。守ってくれるという約束だったでしょう」


 次に、右の袖を強く引かれ、巽はそちらの方を振り返る。右の袖を引いた力の主は、彼の年老いた母親だった。巽の袖をつかんで離さないまま、深手を負った老母は、鬼の形相で言う。


「よくも、私の孫たちを……何のためにお前を育てたと思っているんだ」


――そうか、この子たちは、長兄の子どもたちだったのか。俺が突然いなくなったから、こんなことに…。


 巽が己の不注意を責めていると、縁側の方から足音がして、閉まっていた障子戸が開け放たれる。現れたのは、長兄の家の、1番上の女の子だった。11歳になるこの少女は、血の滴る肩を右手で押さえ、腰を折った中腰の姿勢のまま、こちらを斜め下の、低い位置からにらみつけていた。


「許せない…おじさん、信じてたのに」


 そのさらに後ろから、兄の子ではないはずの、妹方の甥の香太郎も出てきて、女の子の言葉を引き継いだ。


「見損なったよ、おじさん。婆ちゃんやおばさんはともかく、甥っ子や姪っ子まで見捨てて逃げるなんて、あまりにも卑怯だ。男の風上にも置けないよ」


 そう言い捨てて、香太郎は血まみれの書斎から出て行った。


 

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