第18話
記憶の中の、愛する妻子に思いをはせた後、巽は改めて、隣に立つ占い師の女の方へ向き直った。確かに彼女は2人によく似ているが、よく見れば2人のどちらとも違う顔だった。巽は彼女に静かに語りかける。
「君…いや、この人が、朝顔の白い着物を着るようになったのが、昨日からだったから…この人の体を借りて、お盆の始まりより、1日2日早く来たのかな、マツ」
故人の霊に憑かれたと見られる占い師の女は、かつて巽の妻がそうしたように、悲しげに笑う。
「今頃気がついたのね。あんまりお墓参りに来ないものだから、てっきり私のことなんて忘れたのかと」
そう言って、マツに扮した女…本当に憑りつかれているのかもしれないが…は、帯の後ろの、お太鼓にした部分から、何か短い板状のものを取り出した。
板状のものの正体は、小刀だった。小刀を鞘から抜き、その刃を青白い月の光にかざしながら、女はぼんやりとした目で言葉を続ける。
「これを使って、あなたが自害すれば、創ちゃんは生の世界に戻って来られるわ。もとの元気な姿で、肉体も伴って。戻ってくるのがずっとじゃなくて、今夜だけでいいなら、こちらの依り代を使う」
女の人差し指と中指の間には、人形に切られた半紙が挟まれていた。
「死者が戻ってくるときの目印になるろうそくも、降霊に必要な創ちゃんの墓土も用意できたから、後は犠牲として、あなたの生き血が必要なの。もっとも、生き返らせるのでなく、一時的に呼び出すだけなら、血も少しでいいから、わざわざ死ぬこともないのだけれど…」
女の現実離れした話を聞いて、巽は戸惑っていた。もちろん、3年前に死別した息子に一目会いたい気持ちもあったが、自分の血を1,2滴垂らしたからといって人の生き死にがどうにかなるものとは思えなかった。第一、このような黒魔術風の、怪しげな儀式に参加すること自体にためらいがあり、また、そのために自分の体を傷つけることも気が進まない。
巽がどうするべきか迷っていると、女は小刀を鞘にしまい、焦れたようにそれをこちらに押し付けてきた。
「選びなさい、何も見なかったことにして帰るか、この場で果てるか、束の間だけ創一を呼び出すか」
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