第14話
「あら」
巽を伴って外へ出ようとしていた女が、足元の赤ろうそくに気が付いて立ち止まる。
「こちらの赤いものの方が良さそうね。私のろうそく、すっかり溶けて小さくなってしまって」
そう言って、女は、持っていた提灯をまくり下ろすようにして畳み、中のちびたろうそくを、巽が迎え火用に灯していた赤ろうそくと取り替えてしまった。
「おい、それは君がお祓い用にくれたやつだろう」
ろうそくの超自然的な効能を信じていなかったが、勝手なことをされ、どことなく嫌な心持ちがした巽は、女に抗議した。
「別にいいじゃありませんか、それらしければ、何でも」
巽の憤りを無視して、女は涼しい顔で答える。
「そんなことより、早く出かけましょう。分かっていると思うけど、夜の時間は短いのよ」
それを聞いて、巽は、この自由気ままな返事の仕方が、妻のマツのそれによく似ていると思った。周りの者を翻弄する、ぬらりくらりとつかみどころのない対応と、この気まぐれな空気感。ぞっとするくらいそっくりだが、嫌ではない。
巽より先に夜道を歩き始めていた女が、向かいのよしずに巻き付いた夕顔を見て、ぽつりとこぼす。
「花も人も、儚いものね。気がついたら、すぐしおれちゃう。ねえ、失ったものを取り戻したいとは思わないの?」
女の真意を読み取れなかった巽は、真面目に答えるべきかどうか迷った後、軽い調子ではぐらかすことにした。
「失った、もの…? 初めから、失うほど色々なものは持っていなかったと思うが」
しかし、女は真剣な表情を崩さず、さらに巽に問いかけた。
「もし、いなくなった人をもう一度呼び戻すことができるとしたら?」
巽ははっとして女の方に顔を向ける。白地に薄紫の着物、つややかな黒髪、切れ長で、黒目がちな瞳…。まさか、この人は…いや、そんなはずはない。巽は少し足を速め、余計な考えを振り払おうとする。
物音のしない満月の夜、巽の意識の中では、次のような場面が展開していた…。
◇◇◇
満開の桜の下、子どもたちが遊んでいる。もちろんその中に12歳の創一の姿はない。彼は草の上に敷かれたゴザの上に寝転んだまま、静かに桜を見つめていた。その黒い瞳からは、何の感情も読み取れない。
向こうの方では、5歳になる甥の香太郎が騒いでいる。
「おじさん、早くこっち来て、大きいフナがいるよ。ほら、早く、早くしないと逃げちゃうんだから」
巽は香太郎のところに行こうとしてから、動けない息子のことを思い出し、後ろを振り返った。創一は笑って、左手で追い払うような仕草をした。自分はここで桜を見ている方がいいから、代わりに巽が従弟のところに行ってやれということのようだった。
――朝は着替えを手伝おうとする俺の手を嫌がって平手で払いのけたのに、年少の子に対しては優しいところもあるんだな。
息子の思わぬ一面に、巽がしみじみと感心していたところで、記憶の中の場面はまた別の場面に切り替わる。
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