第13話

 マッチからろうそくの芯に火がうつり、その熱でロウが溶け始めたとたん、部屋中に香のような甘ったるい香りが広がった。これは治りたての頭痛に悪いなと思いながらも、このときは例年のように迎え火用の「オガラ」(迎え火の燃料に使う、麻の茎)を用意していなかったため、仕方なく消さずにそのままにしておく。


 畳の上に戻って執筆の続きをしていると、玄関の木戸をとんとんと叩く音がして、巽に来客の存在を告げた。


「春さん、春さん」


 巽はうんざりしつつも、立ち上がって玄関の方へ向かう。扉を開けなくても、声で相手が誰なのか分かった。今朝…いや、日付が変わったので昨日の朝かもしれないが…も味噌をねだって上がり込んできた、あの、占い師の女だ。


 どなたです? 巽が引き戸を開けると、案の定外に立っていたのは、その占い師の女だった。いつものすました顔で、彼女は言う。


「今日は満月がきれいな晩ですよ。お散歩に行かなくていいのですか」


 巽は呆れて鼻で笑う。丑三つ時に散歩だと? 前から分かっていたことだが、この女はなかなかの変わり者だ。明らかに、浮世離れしている。だがそれを言えば、金もないのに、こんな時間に起きていて、行燈の燃料を消費しながら、黙々と怪奇小説の執筆に励んでいる自分も奇人変人の部類に当てはまる。人のことを言えたもんじゃないなと思いながら、彼は女の奇妙な誘いを承諾し、女と2人で真夜中の散歩に出かけることにした。

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