第12話

 おととい香太郎と買った独楽を、手の平の上でもてあそびながら、巽はふと思う。


――創一に会いたい。


 どんなに願っても、もう2度と会えないわが子。あの子は今、あるかないかもわからない、向こうの世界でどう過ごしているのだろうか。歩いたり話したりするのが不自由なために、周りの黄泉の国の者たちからいじめられてはいないだろうか…。


 体調がよければ週1度ほど顔を出していた町の学校では、創一が9つくらいの時、教師から、創一の不明瞭な発音や、ぎこちない歩き方を真似してからかう子どもがいるとの話を聞いた。ひどいときは足をかけられて転ばされることもあったようだが、創一の方も決してやられっぱなしではなく、相手の足首に噛みついたり、腕を爪で引っかいたりと盛んにやり返していたらしい。暴力はいけないことだが、負けん気の強いところは俺に似たのだなと、巽は思わず愉快な気持ちになったのを覚えている。家に帰り、よくやったと笑う巽に、創一はふくれっ面で抗議した。


「とうはん、いっとおおおしくないお(父さん、ちっとも面白くないよ)。おくのあなひ、だえもわああないんだおの(僕の話、誰もわからないんだもの)。」


 確かにそれは笑い事ではないと、巽は自分の不謹慎さを恥じた。いつものように抱きしめて謝っても、よほど腹を立てていたのだろう、創一は不機嫌に押し黙り、その日は一言も口を利いてくれなかった。


 そのときの創一が感じていた胸の痛みや憤りを思うと心が痛むが、それでも今は、あの子が当たり前に生きていた、過ぎ去ったあの日々が、ただひたすら恋しく、懐かしい。


 巽は6畳間の片隅の、箪笥のわきの散らかった一角に目を遣った。ここにはいまだに捨てられない創一の遺品が、いつかは片付けようと畳の上に無造作に放り出されたままになっている。白地に紺の竹林が描かれたお気に入りの寝巻、周りとの意思疎通のために使っていた、50音と句読点が書かれた厚紙、歩くときに使っていた杖…。

 

 持ち主のいなくなった物を長い間残しておいても仕方ないので、次の正月こそは、苦しいけれど、これらを近くの寺に持って行ってお焚き上げしてもらうのだと、巽は心に誓うのだった。


――創ちゃん、いつでも戻ってきていいよ。君の持ち物は、少しずつ片付けていくつもりだけど…。父さんも、いつまでも後ろを向いているわけにはいかないから。


 巽は、少し迷ってから、入り口の灰皿に固定してある、占い師の女からもらった赤いろうそくに、マッチでそっと火をつけた。1日でも早く、迎え火を焚いて創一をお迎えした気になりたかったのだ。慣習からすれば、1日早くて間違っているが、他の家でも何日も前からナスやキュウリを玄関先に出していたりするのだし、迎え火が1日2日早くても、見とがめる者はいないだろう。

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