第6話

 香太郎がひいきにしている駄菓子屋は、駅に向かう大通りから分かれる細道の、神社側に曲がる入り口、つまり、大通りから外れるちょうど曲がり角に位置していた。しかし脇道だといっても、店の正面口は大通りに接しているし、神社に向かう人々が曲がる場所を確かめる時の目印になるので、よく目立って商売にはなかなか好都合の立地だった。


「いらっしゃい、こうちゃん。今日は何が入り用だい」


 建付けの悪い木製の引き戸をガラガラと音を立てて開けると、中ではいつもの通り、黒髪に白髪の混じった中年の男店主が出迎える。


「客が盆で出払う前に片付けておこうと思ってね…。昨日仕入れたばかりの凧もあるよ」


 この店は駄菓子屋を名乗っているだけあって、子どもの小遣いで買えるような安価な菓子を主に取り扱っていたが、客層を広げるためか、簡易な造りの玩具や少年雑誌、さらには学校で使う文具の類も少しだけ売っていた。


 それほど広くない店内を物色してまわった後、香太郎は眉間にしわを寄せ、難しい顔で巽のところに希望の品を持ってくる。


「これにする」


 香太郎が持ってきたのは、3色塗りの独楽だった。側面は黒いが、回すための取手のついた上の面は、赤、黄、緑の円で丸く塗り分けられている。この手の色がきれいな独楽は創一も好きだったなと思って、巽は自分用にもう1つ買うことにした。盆も近いし、供養の品としてはちょうどいいだろう。こちらは香太郎のものとは色が違い、赤の部分が紫で塗られていた。


案の定、香太郎がからかうような口調で言う。


「おじさん、43にもなって独楽で遊ぶの?」


「まさか。仏壇に置いて飾るだけだよ」


 そりゃそうか、と香太郎は拍子抜けしつつ、納得したようだった。


「おじさんのところのそうちゃん、随分早くに死んじゃったもんね。今年の供養は婆ちゃんの家でするの?」


 巽はそれを聞いて、香太郎が今日家に来たのは、これを尋ねるためだったのだろうと直感した。香太郎は少々わがままではあるものの、根が優しくて気の利く、賢い子どもだった。この甥はおそらく、巽の実妹でもある母親の鈴が、険悪になっている伯父と生家の関係を和解させたがっているのを、何らかの拍子に気づいて、知っている。それで、お盆というちょうどよい機会が来たので、子どもの気まぐれを装い、母親の代わりに巽の意思を伺いにやってきた、ということなのだろう。


「去年の盆は父ちゃんのふるさとだったからさ、今年はうちも母ちゃんの家の方に行くんだけど、おじさんも来るでしょ。婆ちゃんも会いたがってるって、母ちゃんが言ってた」


 返事に困った巽は思わず視線を宙にさまよわせる。妹どころか、こんなに小さな甥っ子までに気を遣わせてしまったのが申し訳ない。ここまでしてもらったからには、行かなくてはと思う。しかし、巽には、実家に足を運び、父の墓参りや母に会うことをしたくないだけのきちんとした理由があった。

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