第4話
慌ただしいようでいてダラダラと始まったこの1日は、来客の多い日で、午後には近くに住む妹の子どもの、
「おじさん、小説の具合はどう?」
香太郎は来て早々、刈谷が置いていったビワの実を1つ取って、自分の口に放り込むと、むしゃむしゃとほおばりながら、巽が文机を前に執筆に悩んでいるところの正面にどさりと腰を下ろす。
「見ての通り、絶不調だ。香ちゃんがどいてくれたら、少しははかどるかもしれないが」
巽はペンを持つ手を動かし、顔も上げないまま、ぶっきらぼうに答えた。せっかく筆が乗ってきたところに、突然香太郎が現れて邪魔をしたので、不機嫌になっているのだ。
しかし香太郎は、9歳児らしい無邪気さで、伯父の嫌味などものともせず、無邪気に言葉を続ける。
「どうせ書けないならさ、僕と一緒に散歩に行かない? ちょうど買ってほしいものがあるんだ」
巽は香太郎の偉そうな言い方が気に入らなかったが、一度集中力を切られた今、この暑い中、無理して机に向かっていても、思うように仕事が進まないのはわかっていたので、甥に誘われたとおり、散歩に出かけることにした。もちろん、不惑を過ぎた自分が子ども相手に大人気なく、痛烈な皮肉を浴びせてしまったことへの反省もある。
幽霊を思わせる白い寝巻を脱ぎ、鼠色の浴衣に紺の帯を締めて、鳥打ち帽子をかぶると、巽は着替えの間外で待っていた香太郎とともに、昼下がりの町へと出かけて行った。案の定、外はまだ日が高く、カンカン照りのひどい暑さだった。長屋の角を曲がり、表通りに出ようとしたところで、巽と同じ長屋の住人である、足が不自由な指物師の男が、2人に声をかけてきた。
「おや、春さんじゃないか。こんな暑い時にどこへ行くんだい」
指物師の問いに、巽は香太郎の髪をくしゃくしゃとなでながら答える。
「なに、甥っ子のご機嫌取りだよ。今すぐ買ってもらいたい菓子か何かがあるんだと」
男が微笑ましげに目を細める。
「そうか、菓子もいいが、あんまり甘やかさんようにな」
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