第12話 背中の温もり
私達は今、埼玉県にある山口貯水池という所にいる。
狭山丘陵にある人口の池でここから東京都の上水道に水を供給しているらしい。
近くには西武遊園地や西武球場がある。
この人口の巨大な池には大きなダムがある。
普通ダムの周りは山で囲まれ、その先には渓谷があり水が揚々と流れているイメージがあるが、ここにはそんな物は無い。
ダムの下は公園の様になっており、その先には住宅も見えるちょっと不思議な場所。
万が一ダムが決壊なんてしたらと思うとちょっとゾッとする光景が広がっている。
「兄ちゃんここって小学校の時に遠足で来た所だよね、懐かしい~~」
「そうか、そうだよな、でも俺、遠足は熱出して行けなかったんだよね」
「ああ、お兄ちゃん確かそれでずっとゲームやってたよね? 私サボりかよって思っちゃったよ」
「一応ちゃんと熱はあったんだよ」
「ふーーん、まあいいけど、じゃあ兄ちゃんここに来るのは初めてなんだね」
「えっと……いや来たことはある……」
「へーーそうなんだ……」
なんか変な間があった。
なんだろうか? 誰かと来たのかな?
誰とだろう……あの例の人かな……一度家に連れて来た兄ちゃんの元彼女らしき人。
兄ちゃんは否定してたけど、マジ美人だったし……。
「うん……この1年色々一人で行ったんだ」
「あ、……へーーーそうなんだ」
──彼女とじゃないんだ、へーー、そうなんだ。
べ、別に兄ちゃんが彼女と来てたって……私は関係ないんだからね、全然嬉しいとか思ってないんだからね!ー!
そんな会話をしながら私と兄ちゃんはダムの上の遊歩道を歩く。
池の向こうは森が広がり、遠くにはうっすらと富士山が見える。
反対方向は公園と住宅街、ダムを挟んで全く違う景色が広がっていた。
「そ、そう! 結構色々行ったんだよ、この辺じゃここの一番景色が良かった。他にもさ、ちょっと遠くまで行けばこれよりいい景色が一杯あるんだよ?!」
兄ちゃんは自慢とばかりに楽しそうにそう言った。
「へーーいいな~~」
そう言えば週末結構出掛けてたよね兄ちゃん。
夏休みなんか泊まりがけで出掛けたりもしてたし……。
あの時は絶対に彼女が出来たと思ってたんだけど。
そして私のその言葉に兄ちゃんは必死そうな表情で言った。
「そ、そうか! じゃ、じゃあさ── 一緒に行かない?」
「ん?」
兄ちゃんの言ってる意味が良くわからかない。
「いやだからさ、俺が去年見た景色をさ、今年一緒に見に行かないかって……」
「え? ええええ?」
え、何?突然どういう事?
「嫌か?」
「えっと、嫌……じゃない……ないけど……」
「けど? だ、駄目かな?……バイク怖かったか? やっぱ寒かった? じゃ、じゃあ車なら……でも免許取れるの来年だし……」
「ううん、最初は怖かったけど、どんどん楽しくなったよ」
「そっか、じゃあ……俺と一緒に出かけるのが……嫌って事?」
まるで迷子の子供のような表情の兄ちゃん。
「ううん、そんな事無い、兄ちゃんと一緒に何処かに行くのって楽しい……し
」
「じゃあ……いいよな?」
なんか兄ちゃんの顔が危機迫っていると言うか、何か迫力があるって言うか……少し怖いって感じてしまう。
「えっと……ごめん兄ちゃん……ちょっと考えさせて……」
兄ちゃんの必死さ、その言葉の意味、兄ちゃんはどういう意図でそんな事を提案して来たのか……それが私にはわからなかった。
小説の為? それとも本当に私の事が好きだから?
それが分からないのに、兄ちゃんと毎週の様に出かけるなんて約束出来る訳がない……。
もうそれって、兄妹を越えてる。
「えっと……そうだよな……はるだってそんなに暇じゃ無いもんな、友達と遊びに行くだろうし……いつかは……彼氏だって……」
兄ちゃんは力なく微笑むとそこで話を打ち切った。
そして少し早足で私の前を歩いて行く。
池から冷たい風が私を吹き付ける。
寒い……オートバイに乗っていた時よりも風が寒く感じた。
そう……さっきは温もりがあったから。
さっきまで抱きしめていた兄ちゃんの背中、その暖かかった背中をじっと見ながら、私は兄ちゃんの後を追った。
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