第6話 兄ちゃんと私

 

 ちょうど兄ちゃんが小学生になった時、お父さんが病気で死んでしまった。

 その時は仕事で忙しくお父さんとあまり遊んで貰った記憶が無かった為か、なんとなく悲しかっただけだった。

 まだ幼稚園に通っていた私はその時は死という事がよくわかっていなかったというのもある。


 でも覚えている。

 お父さんが死んでしまった後、お母さんは気丈なくらいに悲しみを隠して、毎日仕事に没頭していった事を。

 だからその事よりも、お母さんのその姿を見て、子供ながらにしっかりしないとと言う気持ちが芽生えた事を覚えている。


 そしてそれは兄ちゃんも一緒だった。



 それまで私達は兄妹喧嘩が絶えないような関係だった。


 兄ちゃんは少しいじめっ子のような態度で常に私に接していた。

 例えば私のおもちゃをわざと壊したり、取り上げたり、私の分のお菓子を勝手に食べたり、一人でジュースやケーキを全部飲んだり食べたりしていた。


 私はその頃兄ちゃんの事が大嫌いだった。


 でも、お父さんが死んでからの兄ちゃんは、それまでとは一変した。

 私の事を苛める事はなくなり、優しく一生懸命に面倒を見るようになって行った。


 私もなるべく迷惑が掛からないように、兄ちゃんを困らせないようにした。


 

 その頃家事はお手伝いさんが殆ど全部やってくれていた。

 勉強も家庭教師が来てくれた。

 私達は子供として出来るだけ勉強や習い事を一生懸命にやった。

 そのせいか放課後は常に忙しく、あまり友達と遊ばないような生活を送っていた。


 友達と遊ぶのは色々と親の許可が必要だったりする。

 出かけたり家に遊びに行ったりする度に忙しいお母さんの手を煩わせるのが嫌だった。


 だから私と兄ちゃんは小学生の頃から食事を終えると暇になる深夜まで、いつも二人で遊んでいたのだ。


 それはまるで親友のように一緒にゲームをしたり、一緒にお絵かきしたり、一緒にアニメを見たりしていた。


 特に好きだったのは寝る前に二人で学校の事、先生の事を話す事だった。

 一緒のベッドに入り、二人で話ながら寝るのが一番楽しかった。


 兄ちゃんは先生物真似が凄く上手くて、いつも私を笑わせてくれた。


 そして……私はいつの間にか兄ちゃんの事が大好きなっていた。


 勿論兄妹としてだ。


 というよりも、兄ちゃん以外に好きになった人がいないので恋愛感情という物が私にはわからない。

 ちなみに兄ちゃんは一度彼女らしき人を家に連れて来た事があった。


 その人を見ても私の中に嫉妬のような感情は芽生えなかった。


 だから私のこの気持ちは普通の兄妹愛なんだろうな? と、その時はそう納得していた。


 そして兄ちゃんも私にそんな感情を抱いているなんて全く思っていなかった。

 そう、私達は多分ごく普通の兄妹だった。


 兄ちゃんの小説を読む迄は……。


 だからビックリした。

 驚いた。


 今でも信じられない気持ちでいる。


 私に対してそんな感情を抱いているなんて。


 これが仮に兄ちゃんの妄想だとしても、あり得ないって今でも思っている。

 青天の霹靂って思えるくらい衝撃的だった。


 私に恋愛感情を抱いているなんて……。


 一体いつからなんだろうか?


 聞いてみたい……そんな妄想を想像を抱いているなんて、いつからなのか?

 一緒に遊んでいた時も? 一緒に買い物に行った時も? 一緒にお風呂に入っていた時も?

 そう思うと凄く恥ずかしい気持ちになる。

 だから聞いてみたい、でも聞けるわけがない。


 だって兄ちゃんは私が兄ちゃんの小説を読んでいるなんて知らないから。


 そう考える度に私の中で罪悪感が沸き上がる。


 その度にいつか言わなければって思っている。


 でも……もしも兄ちゃんがそれを知ったら。

 私達の関係はどうなってしまうのだろうか?


 今はそれが怖い。


 好きだから……今は大好きだから。


 この兄ちゃんとの関係を……私は壊したく無い。

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