キリンさん

てると

キリンさん

 私の幼児の記憶がいくつかある。

 清廉なキッチン兼リビングに、綺麗な冷蔵庫がある。清らかな女性は母から「キリンさん」と呼ばれていて、私はその人を思い出せないが、その透明感だけは今も覚えている。キリンさんがスピリチュアルな人だったことははっきりしている。-キリンさん?-もしかすると、彼女は「麒麟さん」だったのではないか?

 私が道を歩いていると、いつも「タモリ」に遭遇した。なにも本人ではないが、私は幾度も黒い男が私の心を読み解き、私をつけているのではないかと思っていた。そうしたしばしば出会う男を「タモリ」と呼んでいたと思う。

 母と福岡の街に出てバス待ちをしていた際にも「タモリ」は出現した。そうして、母は私と一緒にその場から逃げた。この記憶は何なのだろう。

 母のスピリチュアルへの傾倒には濃いものがあったので、そのうち家から車で30分ほどの場所にある「ニョーニョーさん」の道場に通い始めた。「ニョーニョーさん」は母に、私が食べてはいけないものとして数多くのものを指定し、最後に大きな声で「ラーメン」と言ったそうである。私はそれを真に受け、しばらくラーメンが食べられなかった。しかし、私と「ニョーニョーさん」が二人きりで話すことになった際、私は「ニョーニョーさん」に反抗したと思う。そこでなにか怖いことになったが、そのことは不思議と覚えていない。

 子供の頃、いくつか夢を見た。

 一つは、家の屋根の上を獅子が踊り狂っている夢である。

 もう一つは、4歳ごろ、同年代の親戚と一緒にお座敷で、机の周りを狐と追いかけっこしている夢である。

 これが何であるのか未だにわからない。

 私の最古層の記憶は夢である。火山の火口のようなところの縁を、なぜだか親戚の「金義さん」と歩いている。すると私は火口に落ちた。

 それだけであるが、これがなぜか未だに強く印象に残っている。小学6年生頃、銀行マンであった「金義さん」は私を訪ねてきて、突然私に『金持ち父さん貧乏父さん』を差し出した。少し読んで馬鹿らしくなったが、それを見つけた父は激怒してその本をゴミ箱に叩き捨てていた。

 このことは今もって印象深く、私はもしかするとそうした世に大勢いる「金義さん」と共に道を行くと火に投げ込まれる運命なのかもしれない。

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キリンさん てると @aichi_the_east

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