人間小屋
私は今、とある牧場で働いている。
あまり人に対して誇れるようなものでも、他人に自慢できるようなものでもない。
何しろ一昔前までは法に触れる行いなのだから。
「……」
檻の中から視線を浴びせられる。
鉄の棒が天井まで伸び伸びと、檻の向こう側とこちら側を仕切り、この場における立場の差を暗意に物語っている。
各檻は二畳ほどのスペースが確保されており、餌の配給口に構えられたアルミ製の皿の上には、この場所で管理・飼育されている生物の食べ残しがこびりついている。
ここは牧場の一角のとある小屋。
と言っても、飼育しているのは私と同じ者達。だがそれは――
同族(にんげん)を食べることを趣向とした上流階級のために製造されている、食用人種だ。
「あー……あーっ!」
ガンガンと、檻を何度も叩く音が木霊する。
あれは通常種。食用人種は生み出された直後のみ、あのように理性を失ったゾンビのように暴れまわる。
その後は自分の今までの行いを反省するかのようにおとなしくなり、糸がぷっつりと切れた人形のようにおとなしくなる。
私は本日、この中の食用人種の一体を出荷するべく、今朝方上司から言伝をもらった。
どうやら上(うえ)のぼんぼん連中が近々、大きな催しを開くようで、その席に並べる用として至急ほしいとの依頼だという。
あまり気の進まない依頼内容だが、この職場に就いた以上、文句は言ってられない。
「あ、あー」
理性を失った獣のような、方向感覚の定まらない足取りの出荷対象(にんげん)の檻を開ける。
この職場に入った新人は嫌がったり恐がったりのオンパレードなのだが、慣れた人間からすれば日常茶飯事な光景なのだった。
私はスムーズに扉を開ける。
そこに居たのは、華奢で小柄な、薄汚れたぼろ衣に身を包む少女だった。
私は良心に蓋をし、下唇をマスクの上から嚙みながら、少女の手首に拘束具の手錠を装着した。
そこには何の抵抗も戸惑いもなく、焦点の合っていない視点の少女を、彼女の手錠から伸びるワイヤーを引いて立ち上がらせる。
檻から出て、いくつもの檻の前を少女とともに歩いていく。
歩いている間は両足の重さが尋常だった。まるで足がコンクリートにでもなったかのように、その歩みに抵抗感を覚えた。
少女は平然と私の背後に付いてくる。
この少女はこれから出荷される。
段取りは簡単だ。
小屋に備え付けられている小さな部屋の中に入れるだけ。しばらくすれば中の人間は、鮮度の高いただの食べ物に生まれ変わる。
一昔前は断頭、電気椅子などの出荷方法もあったとのことだが、退職率と職員のストレスが尋常だった。何より商品の質に影響したため、近年では薬物投与による出荷が一般的となった。
この薬物は体内に投与されると、投与後数分で作用し、対象の活動が停止すると無害化するというなんとも便利で都合のいい薬物だった。
電卓のような操作盤が付いた扉の前に立つ。
暗唱番号を押して扉を開くと、少女を中の椅子に固定する。
この部屋に入った時点で抵抗など無意味であるが、過去に部屋にて暴れた食用人種による被害が甚大だったことから、この椅子が実装された。
少女は無感動な瞳で自身の体をまじまじと見ている。私は傍ら、少女の手足に拘束具を取り付けてくる。
そして準備が一通り終わると、少女の両肩を掴んで瞳を見やる。
何も期待していない。未来の展望も、過去への未練もすべて捨てきった絶望の極地。
彼女達が精いっぱい生きた証として脳内に刻む。私はこれをルーティンのように繰り返している。
生涯一度しか、その存在に必要性を見出してもらえない残酷な人種、食用人種。
私はルーティンを終え、彼女の肩をポンと叩くと、扉を閉めるべく操作盤のロックボタンを押す。
扉が閉まっていく中、少女の口元が一瞬だけ動く幻覚を見た。
「あ…………が……と」
扉は無機質な音を立てて閉じられた。
短編ともエッセイとも説明のつかない物語集合体 アルファトオメガ @fazzi679
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