進林

 自然を深く観察しなさい、そうすればすべてのことがよく理解できるようになるでしょう。

 ――アルベルト・アインシュタイン

 

『ご覧ください! このような事が、本当に信じられるのでしょうか!』


 テレビの画面に映るニュースキャスターが、緊迫とした表情で視聴者へ訴えている。

 次のシーンに移ると、そこには全身が緑で覆われた二足歩行する巨大な何かが屹立し、大地を震わせている。


『この巨大生物について、有名大学で生物学を専攻している佐藤教授に話を――』


 シーンはさらに移り変わって放送局内へと戻る。これが巨大生物出現当初に幾度となく流され続けたテレビの光景であった。

 当時はこのように熱弁や考察するキャストや専門家が山のようにいたが、3か月たった今となってはどこ吹く風と、皆当たり前のものとして巨大生物を受け入れていった。

 

 ただこの事態発生に伴い、いくつもの機関や民間団体が巨大生物を止めようという運動が世界中で活発化した。

 巨大生物の進攻ルートが予測できるようになると、そのルート上の街に政府が退去命令を出し、避難地区の造設などの仕事を民間団体が自発的に受けて行動するといった形だ。

 しかしこの緊急事態においても頑固で土地に愛着のある者は「この街が滅びるのなら、共に滅びよう」と言って巨大生物の進攻を受け入れ、散っていった。


 そうして怒涛の3か月が過ぎると、またしても巨大生物の進攻ルートが予測された。

「退去誘導か。この仕事に就いて一番辛いって思う時だよね」

 巨大生物管理委員であるサラは、本日も頭痛の種に頭を悩ませていた。

 退去誘導とは、委員会が政府から受けた指令である。この組織も元は民間団体で、今でこそ最大手の巨大生物管理団体として一目を浴びているが、その在り方は他の組織と同義である。

 巨大生物による死者を出すべからず。

 政府が全団体に向けて伝えた、創設時の教訓。いわゆる理念というものだ。

 そうしてサラは、司令部から受け取った資料を元に、担当地区を拡声器片手に巡回する。

 

 彼女にとって上司の文句やパワハラは、辛いことの一部に含まれていない。

 最初はその崇高な使命の為に奮闘していた。

 人々の命とその安全を確保する。なんと素晴らしいことだと、サラは自らの仕事に誇りを感じていた。

 だが退去を命じている間に思ってしまった。この生物は一体、何がしたいのだろうと。

 絶えず繰り替えされる命令と出動の中で、サラは今もその答えを見出せず、本日も急ぎ足で人々へ避難を呼びかける。

 現場はすでに混乱と狂気の嵐だった。


「皆さん、どうか落ち着いて! あちらに向かえば進攻ルートからは外れますので、慌てず速やかに避難してください!」


 ほとんどの人間はその一声で落ち着きを取り戻し、取り乱すことなく暖かい食事のある仮の避難キャンプに歩いていってくれる。

 ただ、本当に最悪なことはいついかなる時にも起きるものだ。


「役員さん助けて! お姉ちゃんが、お姉ちゃんが……!」


 問題なく非難が進んでいるところに、少年(イレギュラー)が舞い込む。

 どうやら彼の姉は生まれつき足腰が悪く、まだベッドの上で藻掻いているとのこと。

 警察と軍は動けそうにない。サラは覚悟を決め、トランシーバーに一声かけてから少年の背中を押した。


「急ぐよ!」

 

 件の民家では、一人の少女が床に這いつくばっていた。

 弟とはとある諍いで不仲な状態。肝心の両親は真っ先にあの世へ避難。

 つまり今の彼女には、頼るツテが弟以外に無かった。


「怖い、怖いよ。助けて……父さん母さん」

 

 外からの耳鳴りが酷くなっていき、建物全体が軋むのを全身で感じた少女はふと窓を見た。

 体毛のようにいくつも緑を拵える巨人。窓から見た姿は胸と太もも辺りで途切れており、全体像を収めることはできない。

 それはもう目の前にまで迫っており、間もなく少女のいる民家を地響きとスタンプで崩壊させんとしていた。


 しかし、次の瞬間来るであろう破壊の轟音(みらい)は、巨人が刻んでいた地鳴りと共に止んだ。


「え?」


 すると、ラッパの音を何倍にも増幅したかのようなけたたましい咆哮が轟く。

 耳を塞ぐ少女。

 窓から見える巨人は進路を別の方向へ転換させ、再び大地を揺らし始めた。


「お姉ちゃん、大丈夫⁉︎」

 

 部屋の入り口には彼女の弟と、管理委員であるサラの姿があった。

 

「さあ、急いで避難を」


 サラの一声に思わず頷き、彼女は抱えられて避難所へと向かった。


 後にサラの報告書にて綴られた内容は、巨大生物の謎に迫るものとして学会でも大きく評判になった。

 しかし未だに巨大生物(アレ)が何なのか。世界は今日も答えを捻り出せないままである。

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