弾生日(たんじょうび)

「いいか、お前は今日、生まれ変わるんだ」

 ボーッとする頭で真っ白な真四角のテーブルの上に、一本の薬莢がコツンと佇んでいるを見やる。直立不動、泰然自若。ただそこにあるだけの、何の変哲もない弾丸だ。

「コイツを今からここに詰める」

 腰のホルスターに留められた四四口径(リボルバー)を男が取り出すと、ガチャリと弾倉が勢いよくスライドする。

 中に六つの小さな円柱が入りそうな穴が空いている。そのうちの一つに薬莢が込められ、弾倉を仕舞う。

 回転式弾倉がジィィと歯車を回すかのようにクルクル回転する。それは適当な位置でピタリと停止し、男は銃身を持ち手で握りながら銃を手渡してくる。

「撃て」

 男が真顔で口にする。

 一体何を撃つのか。この純白な部屋にあるのは壁、テーブル、天井、自分、男だけだ。彼の発言が何を意味するのか。

 隔った横の壁に的のようなものは見当たらない。床が急に開いて、的がいくつも出現するといった試験のような展開が始まるわけでもない。

 では本当に、この男を撃つのかと考え始めた頃、

「おい、何を探している。的ならここにあるだろ」

 男はパチンと腹を叩く。

 やはり撃たなければならないのか。

 戸惑いが伝播した銃身は、なかなか男の体を捉えきれずにいた。

「さっさと撃て。なるべく楽に逝かせろ」

 やはり何の都合の良い出来事も、状況の変化も、何一つこの部屋では起こってくれない。

 奇跡や気まぐれのような展開はやはり映画(フィクション)の特権だったのだと、夢と幻想に終止符を撃ち、引き金に親指を添えて力を籠めた。


 頭がズキズキと痛む中で瞼を開ける。

 寝覚めが昨夜に味わった酩酊感の残滓だとは思いたくもなく、イライラする頭を抑えて洗面所へ向かう。


『おはようございます。今朝の健康状態はすこぶる良好です。今日も元気にいってらっしゃいませ』


 天井に張り巡らされた線路の上を伝って動く機械が、玄関にて本日の調子を伝えてくる。

 まったく便利なことこの上ないが、苛立ちも合間って今朝は何かと耳にまとわり付く嫌な声だと認識してしまう。


 扉に手をかけて押し込む。

 最近はなんだか、嫌な気分が立て続けに降ってきていると、曇り空を見ながらふと思う。妙なチャンネルの電波でも受信しているのかもしれないため、病院に通うかと仮の予定を立てる。

 そうして休日の予定(やること)が決定すると、駅前の出店に置かれた缶の入れ物に目掛けてコインを親指で弾き、店の正面に並ぶ新聞紙を手に取った。


『路上にて中年の男が裸体で死体として発見。腹部には四四口径の弾丸が残留していることが確認された。警察は自殺の線で捜査を進めており――』


「はぁ、はぁ……」


 路地裏にてぶちまけられた昨日の吐き気(こたえ)。

 息を荒げながら焼けそうな喉の痛みと拭いきれない胃の不快感を味わいながら、またも捨てられたゴミ袋の上にてメロディのくそもないビートを刻む。

 この業界ではよくあることだが、前任の掃除屋は退任が決まると、後任に自らの始末を付けさせるという慣習がある。

 なんとも胸糞の悪い職場だと、記憶の処置(くすり)を飲まされるまで気づかなかった。

 すると腰の携帯が鳴り、渋々通話ボタンを押し込む。


『掃除屋(クリーナー)、仕事だ』


 生まれ変わった初日の朝は、なんとも言えない空気感から始まった。

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