魔人食

 彼の名前は魔人。

 魔人と一口に言っても、特にこだわった名前はない。

 ただ誰も名づけてくれる人がいなかったので、この世があった時からなんとなくここにいただけの存在だ。

 誰もが彼のような魔の存在を魔人と呼ぶので、仕方なく自分のことを魔人と呼ぶことにした。

――さあ、今日も張り切って魔人らしいことをしよう……と言っても何をやろう。

 特にやりたいことも、魔人らしいことをやろうにも、どうやって何をやるのかもさっぱりだ。

 手段と目的がごたついているこの現状。そういえば自分は、生まれてから一体今まで何をしていたんだ。

 まあいい。善は急げと天も誰かも言っていたので、そうと決まれば行動あるのみ。

 あれ……その誰かって誰のことだっけ。


 彼の一日は忙しい。

 まずは食事。

 そのテーブルに並ぶのは、全身を白い布で覆われた、蝶が籠る殻のように真っ白でゴロンと寝転がった何かだった。

――いっただきまーす!

 魔人はその白い布に手を伸ばす。

 抵抗するのは当然だ。なぜなら中身は――

――あれ、ジタバタして手で掴み難いな。こうしてやろう! うん、手で持ちやすくなった。

 ゴキッと、肉と骨の断裂する音が、部屋に嫌な怪音を鳴らした。

――なんだ、骨が入ったままなのか。まあいいや。さあメインディッシュの登場だ!

 もはや白と赤で染まり、声ともいえない口封じ越しの悲鳴を上げる布の中身は、さらにバタバタと暴れる。

 魔人は知っている。

 その布の中心から上部。拳三つか四つ分程度で左寄りの場所にある、魔人にとっての ご馳走の在り処。それは赤く、脈打つ逞しさは白い布たちが持つフルコースの中でも  とびきり魔人が好物としているものだった。

 ズブっと、魔人の腕が布の中に深々と沈んでいく。

 やがて抵抗を止めた布の包みは動かなくなる。

 魔人の右手に握られている、赤い液体を滴らせながら最後の鼓動を打つ赤い心臓(なにか)。

――はあ、綺麗だな。おいしそうだな。

 魔人はそれを自身の舌に乗せ、ぺろりと一口で飲み下す。

 魔人は知っている。その大好物の部位を食べると決まって、何か形容し難い情動が流れ込んでくるのを。

 そして最後、決まって魔人は瞳に涙を流してこう口にするのだった。

「たす……けて」

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