第30話「悪神の目的」
「人の世の救済……だと?」
「然り。」
悪神は短く答える。
「我は個の存在に非ず。全の存在なり。」
その言葉に応えるように、玉座の間の下に広がる負の念の海が鳴動をする。
「生きたいと願い、恐怖に怯え、叶わずして散った全ての死した生命、その全てを背負い、願いを叶える者なり。」
「……具体的に何をするつもりじゃ、悪神よ?」
フェンリルの言葉に、悪神はその目を閉じ、口を開く。
「生と死……、その全ての境界を消し、混ざり、溶け合った世界を作り上げる。死の無い世界の創造を。我はその為にここに再臨した。」
「……そこに今を生きる人間の意志はあるのか?」
「意志など必要ない。そんな物ですら、考える事が無駄だったと知るのだから。」
「そうか……。」
フェンリルの目が鋭い物に変わる。
そんなフェンリルに、いや、俺達に悪神は手を差し伸べた。
「我と共に来い。地上の守護者達、そして、神に仇なす力を持つ人の子らよ。お前達には、我と共に世界を変え、それを統治する力がある。」
争うつもりは無い。
その力を新たな世界の為に使え、そう言いたいのだろう。
それを聞いたフェンリルはその口を凶悪に歪めてただ一言、この場にいる全員が思っている事を口にした。
「断る。」
フェンリルがそう言うのと同時に、俺は自分達にのしかかる重圧を鎖で殺し砕いた。
先行して俺が鎖で斬りかかる。
だが、その攻撃は俺の持つ鎖と同じ気配を放つ鎖によって難なく受け止められた。
「何!?」
「驚くことでもあるまい。その鎖は元々、我をこの地に縛り、封じていた鎖の一本だ。」
悪神の出した鎖によって俺は弾き飛ばされ後退させられる。
悪神はその鎖を、俺がやる様に分裂させてから、こじ開けた空間に射出した。
「ちっ……!」
全員の背後、急所、四肢に伸ばされるソレを、同じ様に鎖を展開して防ぐ。
改めて見る悪神の鎖は俺の操る物に比べて所々朽ちてはいるが、強度はまるで落ちていないようだ。
破壊してしまう心配は無いが厄介極まりない事には変わらない。
フェンリルが入れ替わりに
悪神は鎖で氷爪の弾丸を弾き、そのままフェンリルを鎖で薙ぎ払おうとするが、フェンリルが氷の槍を生み出してそれを弾き返す。
フェンリルは槍で、フレスが剣で斬りかかるが、悪神はそれを後ろに飛んで避ける。
避けた悪神を追ってバフォロスを向けるが、悪神はそれを鎖で絡め取り動きを封じ、片手を俺目掛けて突きつけた。
その手を俺は睨み付け、笑う
「真正面からしか来れないのか?」
「そういうお前は目で見えた物しか追えないのか?」
そう言うと同時にぐにゃり、と俺の姿が歪んで掻き消え、俺のいた場所から鎖が無数に伸びて悪神の身体を拘束する。
「………幻術か。」
「アタシがいるのを忘れてるのかしら?」
ニーザが黒翼幻夢で俺の幻を生み出しながら、破砕連装を発動し、放とうとする。だが……
「背中ががら空きだ、ニーズヘッグ。」
ドッ、という音と共にニーザの心臓が貫かれる。
「――――――え?」
ニーザは意味が分からないとばかりに胸から伸びた鎖を見つめ、ぐったりと宙吊りになる。
悪神はそれを見て口を開く。
「我がその程度の幻術に気付かぬ訳が無いだろう。お前達の戦いは、我が子達の戦いを通して見ていた。手の内は見え………っ、!?」
鎖に貫かれて吊るされたニーザの姿から赤黒い雷が放たれて悪神を包み込み、悪神が言葉を切って膝を付いた。
「んなもん分かってんだよ。悪趣味な神様。それと、邪悪竜の力を舐め過ぎだ。」
鎖で貫かれたニーザの姿が掻き消え、先程俺の姿が消えた場所から再び俺が姿を現し、両の掌を悪神の前にかざして、魔法を発動する。
悪神も何が来るのか分かったのだろう。
「地嶽――――」
同時に俺と同じ技を使おうとした。だが……
「炎じ―――、」
「殲陣。」
「な――――――、」
悪神と、悪神の撃とうとした地嶽炎刃を、神殺しの力を乗せて範囲と威力を上げた地嶽殲陣で呑み込み喰らい、悪神の身体の半分を抉り取った。
俺はバフォロスの封印を解除して悪神に歩み寄る。
悪神は負の念で抉られた身体を再生させながら近寄ってくる俺を睨んだ。
「死者の気持ちを無視するつもりも無いし、それを尊ぶ心を否定するつもりも無いがな。」
「貴様…………、」
「ただな、それだけを押し付けて俺達、今を生きる者達の気持ちを無視するのなら話は別だ。お前がそいつらの意思の代弁者だろうが器だろうが、神であろうが、俺は、俺達は負ける訳にはいかない。」
その目論見を打ち砕いてやると宣言して、俺は手に握った刃を悪神に突き付けた。
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