第26話「シギュンとアリス・後編」
「殺したんだ。クロノスを慕い、そのクロノス自身が大切にしていた人間を。」
「………どうして、」
アリスは困惑を隠せないとばかりに聞き、それを見たシギュンも目を伏せて、その考えを口にした。
「怖れたんだろう、とボクは予想している。人の負の念が神さえも滅ぼす強大な力を持つ悪神を生み出した。神が感情を持ってしまえば、それは何れ第二の悪神を生み出すに違いない。きっと、そういう考えで殺したんだろうね。本来は神の追放で済むはずなんだけど。」
「酷いです、そんなの………。」
シギュンはその顔を優しい笑みに変えた。
かつて自身が死んだ時に、同族である人間に牙を剥いてまで怒ってくれたアルシアの事を自然と思い出してしまったからだ。
「ボクも本当にそう思うよ。そして……、当然の如く、クロノスは激昂した。彼は言ったらしい。「何故、自分を殺さすなり、力を奪って零落させて追放するなりしなかった。彼女には、殺される理由など無かったはずだ!」とね。それに対して、その人間の処刑を命じたオーディンは言ったらしい。「貴方の替えは利かない。神界の存続の為には、コレは必要な措置だ。」と。」
「勝手すぎます。」
「うん。彼らはそれを知るべきだったんだ。その浅はかさ故に、今度は神界が危機に陥ってしまう事を。」
「その、クロノス様は………」
「アリスちゃんが予想してる通り、クロノスはその場でハルモニアの神、全てを敵に回した。オーディンを除き、処刑に携わった全ての神をその場で殺し、止めに入った神々の大半を殺すか、再起不能にまで追い込み、ハルモニアを単独で半壊させた。ただ、さすがの彼も無傷とはいかなかった。劣勢ながらもギリギリ持ち堪えていたオーディンの力の一部を奪い去り、彼は一度下界に降りた。」
「下界で戦われたのですか?」
その問いにシギュンは「いや。」と頭を振った。
「クロノスはね。再び悪神が復活する事をどうにも読んでいたようなんだ。だから、自身が死んでしまう前に、彼にとって数少ない2人の友人、アダムとイヴに会いに行ったんだ。そして、別れの挨拶と共にある物を託した。」
「……………。」
「アダムには鎖と、自身の力の一部も封じ込めた……、出会った者の力さえも記録、行使ができ、真の所有者に神をも破壊出来る力を行使する運命を与える、神の「罪」の証でもある本型の神器を与えた。」
アリスはそれを聞いてある人物を思い浮かべた。
「アルシアさんの……」
「そう、アダムの書と呼ばれるものだね。そして、イヴにはオーディンの力と、真の所有者に最高位の神の力すら行使する事が出来る異能と、神の力を静止させる力を運命に与える、神への「罰」の証である杖の神器……、後のイヴの聖杖を与え、クロノスは神界へと戻り、戦い敗れ去った。」
シギュンの手が離れる。今度こそ終わったらしい。
彼女はアリスから離れて、その目を部屋の窓の先へと向けた。
「ボクはね。神は感情を持ってもいいんだと思っている。下界の神だからではない。その在り方故に、だ。」
「人の信仰によって、神はその力を強める……、」
「いや、簡単な話だよ。もし、感情を持ってはいけないのなら、彼は初めから神に感情が生まれないように作るはずだ。それでも神が感情を持てるのは、お互いが手を取って歩み寄れる様にと願っての事なのかもしれない。ボクやスルト、クロノスの様に。」
「……出来るのでしょうか?」
「今はまだ難しいかもね?ボクら寄りの神もいれば、否定的な神もいる。歩み寄れたとしても、ずっと先の事かもしれない。」
そう言ったあと、シギュンはアリスをまっすぐ見つめた。
「アリスちゃん。少し長くなってしまったし、関係ない話もしてしまったけれど、君には……、槍の一族の始祖であるイヴの力が正しく受け継がれている。槍の一族の末裔である君にイヴの聖杖が握られているのが良い証拠だ。」
「じゃあ……、シギュンさんが言う槍って……」
「イヴに託されたオーディンの力だ。」
ここ最近の事を、アリスは思い出す。
学校では魔法の不安定さから来るエラー現象と言われてしまったそれは、本当はホーリーランスなどではなく、オーディンの持つ槍の力だった。
これだけ言われても荒唐無稽さに付いてこれないが、心当たりはあった。
ニーズヘッグと手合わせをした時に、最後に使おうとしてフェンリルやフレスベルグに止められたホーリーランス……。
アレを見て止めに入った2人と、対峙していたニーズヘッグの顔は張り詰めた物だった。
不完全で知らなかったとはいえ、そんな物を手合わせで出してしまえばあんな風に止めに入るのも納得だ。
「君に、その槍の本当の名を教える。不愉快な力かもしれないけどね。だけど……」
「大丈夫です、シギュンさん。正直、全然実感無くて、少しだけ話に付いてけないとこもあります。だけど、そんな大事な物を託されたんです。クロノス様や、ここまで繋いでくださった人達の為にも、使ってみます。」
アリスの迷いのない言葉を聞いて、シギュンはその口を開く。
「その力の名は………………」
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