第25話「シギュンとアリス・中編」
「昔ね。時間と空間を司り、神界を統べる強大な力を持つ神がいたんだ。ボクは聞いただけで、会ったことはないんだけど。」
「アルシアさんが言っていたクロノスという神様ですか?」
「そう。やっぱり、アルシアは知ってた……、いや、もしかしたら会ってるかな。そのクロノスの話だ。彼は他の神と同様、無機質な神だった。その時その時に必要な事だけを行う、無駄の無い完璧な神。そんな彼が変わってしまう出来事があったんだ。」
「何があったんですか?」
「ハルモニアに一人の人間が現れた。何の変哲もない、特別な力も持たない、ただの人間が、ね。」
「どうやって……、」と思わず呟くアリスに、シギュンは「分からない。」と頭を振った。
「ボクが見た記録だと、本当に突然現れたらしい。現れた本人も、どうしてか分からないと嘆いていたみたいだけど。当時は今みたいに三界を繋ぐゲートの様な物は存在してないし、下界もそこまで安定した環境ではなかった。クロノスは少しだけ悩んで、その人間を自分の下で保護する事にした。」
「……問題にならなかったのですか?」
「この時点ではね。現れた人間は、クロノスに大層感謝を示したらしい。大して反応してくれないのに、何日も、何日も。」
シギュンはそこで一度、アリスの手から自分の手を離した。顔色からしてかなりの疲労の色が見える。
「シギュンさん、これ以上は………!」
「大丈夫だよ。やらなきゃいけない事なんだ。そのまま聞いて欲しい。」
アリスを宥めたシギュンは、再びアリスの手を握って解錠を再開しながら続きを話す。
「………やがて、クロノスに変化が訪れた。彼はその人間と会話するようになり、徐々に感情が形成されていった。本来であれば、感情を持った神は不純物として力の大半を奪われ、追放される。クロノスは最初は困惑したものの、それでもその変化を受け入れた。彼が自身を慕う人間と過ごす時間を大事にする様になった頃、ある出来事が起きた。」
「…………ある事?」
「悪神が誕生したんだ。当時の彼はそれはもう本当に強大だったらしい。神界の神が数十殺されながらもやっと倒され、封印された。その戦いには、神の血を引く原初の人間……、アダムとイヴ、現神界の王である戦いの神、オーディン。そして、クロノスがいたんだ。」
「オーディン…………」
その名を聞いたアリスはぴくりと反応する。
大昔から下界に伝わる神界の話に出てくる神王と、教科書やディートリヒの話で覚えているからでもあるが、それとは別の何かがその胸をとくん、と鳴らせたからだ。
「悪神がこの地、ファルゼア大陸とルーリア平原の真下に存在する大龍脈にその神核を封印され、亡骸を魔界グレイブヤードに作り変えた少しだけ後の時期に、更にもう一つの事件が起きた。下界の神の身で言うなら、ハルモニアの神が犯した最大の失敗と言えるほどの、ね。」
「……何があったんですか?」
「殺したんだ。クロノスを慕い、そのクロノス自身が大切にしていた人間を。」
シギュンは残酷な真実を静かに口にした。
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